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ラムサール条約湿地「奥日光の湿原」

〜日本を代表する国立公園内の湿地の今〜

宮地信良 (有限会社自然計画代表・ネイチャーガイド)

 「奥日光の湿原」は、2005 年に登録された栃木県で最初のラムサール湿地です。
 観光的にも有名な戦場ヶ原を初め、湯ノ湖、湯川、小田代ヶ原といった国立公園の核心部にある4 つの部分からなっていて、「水鳥の繁殖地として重要」というよりも「高標高地(標高およそ1400 〜 1500 m)の高層湿原、中間湿原、淡水湖」という特徴を持つ(登録基準1)湿地です。国立公園として保護が図られているとはいうものの、それぞれ問題を抱えています。

4 つのパーツと抱える問題

 ①湯ノ湖
 奥日光の最奥部、湯元温泉の南にある堰止湖です。この湖の最大の問題は外来水草コカナダモが大繁殖していることです。
 その原因は、この湖の水深が15 mと浅いことと考えられています。湖底近くまでには日光が届くため水草の生育も盛んになるのでしょう。毎年除去活動が行われていますが完全にとりきれるものではなく、また断片から栄養繁殖で増えるためお手上げの状態です。
 下流の湯川に大きな泡のかたまりが見られますが、この原因も主にコカナダモが分解された糖分のためといわれています。

 ②湯川
 湯ノ湖の水は湯滝となって流れ、戦場ヶ原の脇を通って竜頭の滝までの間が湯川です。
 湯川は勾配がとても緩やか、また多くの場所では川底が土なので本州では珍しい「音のしない川」なのです。川辺に立って耳を澄ませてもシーンとして川があることに気づきません。
 ここはまた日本で初めてフライフィッシングが行われたことで有名です。川沿いではハイカーは木道を歩きますが、釣り人は木道から降りて川に入るので、釣り人とハイカーの間でトラブルが絶えません。

音のしない湯川

 ③戦場ヶ原
 「戦場って言うけど誰と誰が戦ったところなの?」と良く聞かれます。もちろん本当の戦場であったわけではなく、男体山の神様(ヘビ)と群馬県の赤城山の神様(ムカデ)が中禅寺湖の領有をめぐってここで争ったという伝説によるものです。
 結果はヘビがムカデに勝ったのですが、中禅寺湖は火山である男体山によって川がせき止められてできたものなので当然男体山の領有になるはず、自然科学と伝説の結果が一致しているのが面白いところです。
 戦場ヶ原もご他聞にもれず、平成に入ってからのシカの増加によって植生が食害を受け、かつて多かった湿原植物の花が壊滅的に失われてしまいました。周囲の森も含めて防鹿柵が作られ、毎年個体数調整が行われた結果、やっと柵内のシカは数頭にまで減り、少しずつ植生も回復しています

男体山を望む戦場ヶ原

 ④小田代ヶ原
 戦場ヶ原の西にある小さな草原が小田代ヶ原です。「貴婦人」と呼ばれる1本のシラカバの木が写真家に大人気です。草原といいましたが、かつては湿原であったらしくズミ、ホザキシモツケ、アヤメといった湿原性の植物が多く見られます。
 ここにはもともとニッコウキスゲがなかったのですが、最近誰かが植えたのかニッコウキスゲが増え始めています。きれいだからといって勝手に植えるのは困りもの、特定の種が「無い」ということもそこの特徴ということを理解してほしいものです。

戦場ヶ原は賢明な利用をされているか?

 日光は首都圏の小学校の修学旅行のメッカ、5 月〜 10 月の戦場ヶ原の木道は小学生の団体で隙間がないほどになります。立ち止まって観察することもままならない状態ではとても「賢明な利用」とは言えません。
 また、静かに自然を楽しもうと来た大人のハイカーは小学生の「こんちは!」コールに悩まされることになってしまいます。ここでは是非とも学校団体用と一般ハイカー用の専用ルートを作ってほしいものです。これによって大人も子どももそれぞれが自然を楽しめる賢明な利用が実現されることになると思います。

登録されない部分の「謎」

 奥日光で最大の湖は中禅寺湖、標高1000m以上ではわが国最大の湖です。湯ノ湖と違って水深が深いため冬期も凍結せず、奥日光最大の水鳥の越冬地になっています。この中禅寺湖がなぜラムサール条約湿地にならなかったのでしょうか。
 その理由は謎なのですが、湖畔の中禅寺温泉集落の開発が進んでいることも一因と考えられます。しかし逆にラムサール条約に登録することによって開発のあり方を「賢明な利用」に誘導して行く、という戦略があっても良いのではないかと思います。
 各地のラムサール条約湿地でも様々な「謎」があると思います。この謎を解いてゆく過程で、ラムサール条約登録の難しさが見えてくるのかもしれません。

(JAWAN通信 No.105号 2013年6月21日発行から転載)

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