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種の保存法と海の生き物たち

倉澤七生 (イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク)

種の保存法の成立

 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)は、国内の絶滅に瀕する野生動植物種の保護と、国内に流通しているワシントン条約で定められた国際希少種の取引規制という二つの役割を期待されて1993 年に制定されました。
 1992 年にブラジルで開催された国連環境開発会議での「生物多様性条約」採択という国内外の状況にあわせて作られたのです。

20 年間行われなかった改正

 せっかくできた法律も、他省庁との関係の中で環境大臣の権限が確立されていないなど問題も多く、レッドデータという科学的な根拠を持ってしても種の指定はなかなか進みませんでした。2003 年には国際希少種の登録機関の認定について一部改正が行われましたが、種の指定を促進し、絶滅を回避するための抜本的な改正は専門家やNGO の要望にも関わらず見送らました。その間も危機的な状況は継続し、昨年公表された第4次レッドリストには3,597 種が登録されましたが、その中で同法対象となっているのは90 種。哺乳類に至ってはわずか5種にすぎません。

愛知目標と種の保存法

 ご存知のように2010 年、愛知県名古屋市で生物多様性条約の第10 回会議が開催され、生物多様性の減少を防ぐための新しい目標が決議されました。
 目標12 は、「2020 年までに、既知の絶滅危惧種の絶滅及び減少が防止され、また特に減少している種に対する保全状況の維持や改善が達成される」です。ホスト国として決議を進めた日本には、目標達成の責務があるといえるでしょう。
 2011 年には我が国の絶滅のおそれのある野生生物の保全と、希少野生生物の国内流通管理に関する2つの点検会議が行われ、種の保存法の抜本改正に向けた地ならしが始まったかのように見えました。
 しかし、今年(2013 年)の国会審議に向けての環境省提示の改正案は、国際希少種の流通に関しての罰則強化とインターネット等による広告の規制という一部改正に留まりました。
 改正案の内容を知ったNGO は、与野党議員に今回改正の不十分さを説明し、抜本改正の必要性を説いてまわりました。種の保存法に取り組んできた第2弁護士会から意見書が出され、日本生態学会や日本哺乳類学会、日本植物分類学会など学会からも声が上がり始めると、最初は関心のなかったメディアも取り上げ始め、環境系の議員たちも関心を寄せ、事態は進展し始めました。

シャチ 体長:8〜9m 体重:4〜8t
評価:IUCN-LR /水産庁−希少/日本哺乳類学会−希少

レッドリストと覚書

 海に関しては、実はそれ以前の問題があります。海生哺乳類を含め、海の生物のほとんどが環境省のレッドリストに掲載されてこなかったのです。2001 年3月の国会において、岩佐恵美議員が当時の農水大臣谷津義男氏に絶滅の危機にあるジュンの保護策を求め、それに対して大臣は「覚書きから外すこともよいと考えている」と答弁しました。
 この覚書というのは、種の保存法ができる時、環境庁(当時)と水産庁によって結ばれた「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律案に関する覚書」のことです。これにより「漁業対象の水産動植物(混獲される水産動植物を含む)」と「その他の漁業対象の水産動植物が生息し、生育していく上で重要な水産動植物(餌料水産動植物、藻場を構成する水産動植物等)」は種の保存法から除外されました。ちなみに、この国会答弁により、ジュゴンはレッドリストには記載されたのですが、それから10 年経った今も、種の保存法には加えられていません。

ザトウクジラ 体長:13 〜 14m 体重:30t
評価:IUCN-VU /水産庁−危急−日本近海個体群、希少(その他北太平洋)/日本哺乳類学会−危急

海生生物のレッドリスト評価が始まった

 さすがに環境省も問題を感じたか、COP10 の会期中に開催された「名古屋・海の日」の最終日に海洋保護区の設置推進とともに海生生物のレッドリスト作りを宣言しました。そして昨年やっと、希少性を評価する検討委員会が非公開で行われました。
 それによると、希少性の検討をするための魚類やサンゴ礁、藻場など6つの分科会を立ち上げ、3年後を目処に完成させる予定のようです。
 しかし、本来であればきちんと評価する必要がある大型のマグロなどの魚種とともに大型鯨類はすでに国際的に評価ができているから新たな評価は行わないとされ、また小型鯨類については、水産庁が評価を行うとして、海生哺乳類の分科会はできませんでした。
 資源評価は絶滅の希少性評価と同一ではありません。また、産業推進の立場の水産庁が自ら行う評価は客観性を疑われるものです。
 さらに、資源として有用ではない種に関する調査と評価はどうでしょうか? 知る限りでは、水産庁の本年度予算にイルカ類の生態調査は入っていません。資源対象外の種はレッドデータにある情報不足種(DD)評価ですまされるのではないか、と指摘する人もいます。

国会の結果は

 国会議論の結果、抜本的な解決にはいたらなかったものの、同法は3年後に見直しが行われることになりました。また、生物多様性国家戦略に書かれていた数値目標の25 種が大幅に引き上げられ、2020 年までに300種、2050 年までにさらに300 種の指定が目標とされました。
 海生生物に関しては、国会で正式に覚書は無効とされ、「保全戦略は海洋生物も含めて策定すること」「海洋生態系の要となる海棲哺乳類を含めた海洋生物については、科学的見地に立ってその希少性評価を適切に行うこと。また、候補選定の際、現在は種指定の実績がない海洋生物についても、積極的に選定の対象とすること」という付帯決議もつけられました。
 たくさんの課題が残されていることは事実ですが、一応の地ならしはできました。後はこちらの踏ん張りにかかっています。多くの市民が声を上げ、今回のチャンスを最大限生かしていく必要がありそうです。

(JAWAN通信 No.106号 2013年11月14日発行から転載)

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