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泡瀬干潟−変わる貝採りの風景−

水間八重 (泡瀬の干潟で遊ぶ会)

 大規模な海草の移植実験が行われた海草場の回復状況を確かめるために、春の大潮には必ず泡瀬干潟へ出かける。定点観察はもう10 年以上になる。観察結果はここ数年ほとんど変化無し。人為的に攪乱され、失われた海草場は、そうたやすく元には戻らない。
 それよりも今回あらためて気になったのは、レジャーで泡瀬干潟に来ている人たちの多さだった。その一方で、長年、ここで貝を採り続けていた人生の大先輩たちの姿はめっきり減ってしまった。

泡瀬干潟の春の貝採り

 思い出話を少し書くと、長年貝を採っていたプロっぽいオバァやオジィの道具は、潮干狩り専用の物ではなかった。農具や左官道具のヘラやコテなど、自分にとって使いやすい身近な道具を持参していた。
 砂礫地ではそのヘラやコテで干潟の表層をそっとなでるように動かし、コツッと貝にあたれば、貝だけを上手に掘り出す。また、海草場で貝を採る人はさらに達人の技を持っていた。傘の柄や銛を利用した突き棒で海草場をつつきながら歩き、驚いた貝が潮を吹くのを目印に、海草の根を痛めないよう、やはり貝だけを上手に掘り出していた。

突き棒で貝を探る達人の技

 このような採り方をしていた理由は、主に二つある。オジィやオバァが砂礫地で採っていたホソスジイナミやヤエヤマスダレ、また海草場で採っていたリュウキュウサルボウやリュウキュウザルガイなどの貝は、もともとアサリのように高密度には生息していない。
 種類によっては日ごとにダイナミックに移動しているという貝を、労力をかけずに広範囲に探すための智慧だ。
 しかし、むやみに掘り返さない最大の理由は、掘り返せばその時はたくさん採れたとしても、次回以降採れなくなることを誰もが知っていたことにある。

 さて、話を今に戻そう。レジャーでは、残念ながら、そんな干潟とのつきあい方を知らないままやってくる人が多い。そして、本土の潮干狩りでもおなじみの熊手で、畑を耕すかのように、泡瀬の砂州をくまなく掘り起こしている。
 実は、泡瀬で採れる貝の種類はかなり変わってしまった。海水の濁りに弱いリュウキュウアオイなどは、10 年余り前、埋立工事が始まった頃を境にすでに見られなくなっているし、オジィやオバァが採っていた上述の貝たちも、かなり減っているように感じる。
 一方、いま泡瀬の砂州で採れているのは、そのほとんどがアサリによく似たヒメアサリという種類で、埋立がはじまる前にはそれほど多くは採れなかった貝だ。どうやらこのヒメアサリは、オジィやオバァが採っていた貝と違って、環境の攪乱に比較的強いらしい。

ヒメアサリ・ヤエヤマスダレ、ホソスジイナミ

 泡瀬干潟では、すでに沖合いの人工島の埋立枠はほぼ完成している。工事用の浚渫航路と、沖合をふさぐ巨大な構造物( 埋立枠)のために、潮の流れは変わり、あるところでは砂や泥が流失し、あるところでは急速に土砂が堆積し、海草場は衰退し、海水はとても濁ってしまった。
 以前からあった砂州も、面積は縮小傾向にあるし、位置や高さも変化して、満潮時には全てが水没するようになった。そのうえレジャーで訪れる人々が熊手で手当たり次第掘り起こすという厳しい環境にもかかわらず、ヒメアサリは去年あたりから増えているというのだ。
 比較的高密度で生息しているので、ここと決めたところを堀りさえすれば素人でもそれなりの量を得られる。採りやすいうえにおいしいということで、レジャーで来る人たちにとっては嬉しい状況が生まれているようなのだ。

泡瀬は生物でいっぱい(干潟を守る日)

 けれども、生態系が劣化していく過程で、特定の種が一時的に増加するのはよく見られる現象だ。海に親しむ人が増えるのは喜ばしいことだが、ヒメアサリすら捕れなくなる日が来るのではないかと、工事の進む埋立地を背景に一心にヒメアサリを採る人々を見ながら危惧している。

進む泡瀬干潟の人工島工事
(JAWAN通信 No.106号 2013年11月14日発行から転載)

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