瀬戸内海はよみがえっていない!
〜NHKスペシャル「里海 SATOUMI 瀬戸内海」を見て〜
3月23日放送のNHKスペシャル「里海 瀬戸内海」(3月26日深夜再放送)を見た方も多いと思う。
番組案内は、海中景観所長・新井章吾さんから事前にメールで頂いていた。新井さんは瀬戸内海はじめ全国の海で自ら潜り、海域環境を調査するプロである。
メールには、「(番組案内に)『瀬戸内海がここ数年、劇的に良くなったと研究者や漁師は口をそろえる』とあります。透明度は改善されていますが、生物の基礎生産を支える無機体の栄養塩の減少傾向は改善されないなど、解決すべき問題は残されています。瀬戸内海では、アサリ資源の回復がわかりやすい環境改善の指標になる」とあった。
さらに、番組案内には「瀕死の海がなぜよみがえったのか」とのフレーズがあった。
「よみがえった」と過去形で言うなら、私ども環瀬戸内海会議が10年以上取り組んできた瀬戸内海環境保全特別措置法(瀬戸内法)の改正も、瀬戸内海環境保全知事市長会議が進める、いわゆる瀬戸内新法制定の必要もなかろうと思った。
番組では、広島県のカキ養殖イカダが浮かぶ海域(左写真)、そして岡山県日生(ひなせ)沖合の30年以上にわたるアマモ再生の取り組みが大きく取り上げられていた。カキの栄養塩・窒素・リンの吸収、アマモの栄養塩・窒素・リンの吸収と光合成による酸素放出によって、カキイカダ下の海中やアマモ場の海の透明度が格段に向上している映像を通して、カキやアマモの水質浄化力を伝えてくれるすばらしいレポートであった。
しかし、このような自然による浄化は、2万3800平方キロメートルとされる瀬戸内海にあって極めて限られた海域の事例であると指摘せねばならない。これで「なぜ瀬戸内海はよみがえったのか」と言ってしまうと、瀬戸内海全域で環境が回復しているかのような、誤ったメッセージになりはしないか。多くの視聴者が、そう受け止めたのではなかろうか?
◆浅場・干潟のアサリはどうか?
古くからの潮干狩り場は、他の海域からアサリの稚貝を購入・放流してやっと潮干狩りを維持しているのが実態だ。新井さんもご指摘のように、瀬戸内海の象徴的生物、かつ重要な水産資源であるアサリが全域で激減したままである。もとより、アサリも浅場・干潟の水質浄化力が高いことでは知られている浅場・干潟の生物だ。
◆イカナゴはどうか?
イカナゴは瀬戸内海の魚たちの食物連鎖の最底辺を構成する小魚である。海砂採取による砂場の減少、アマモ場の減少などで、減少の一途をたどっている。折しも4月11日、同じNHKが中・四国地方の数県で放送した「海と生きる」では、イカナゴ漁獲量(右写真)は1980年比で4分の1の2万㌧前後に落ち込んだと伝えていた。とともに、香川県庵治漁協だけが唯一、1960年代後半の海砂採取に伴う漁業補償金の受け取りを組合の総意として拒否したことを伝えていた。「イカナゴ漁を後世に残すために」と。事実、イカナゴ漁が毎年のように続けられているのは、ごく限られた海域になっている。
瀬戸内海にあって、イカナゴは魚介類の底辺に位置し、タイやサワラなど絶好のエサとなっている。そのイカナゴの復活なしには、上位種たるタイやサワラの回復も望むべくもない。
瀬戸内海の漁獲高は1985年ごろをピークに激減し、それも養殖漁業が大半を占め、一本釣り漁は微々たるものになっているのが厳然たる現実である。
NHKには、海の食物連鎖の底辺に位置し、水質浄化に大きく寄与する魚介類、アサリやイカナゴの激減という現状と、その原因を究明するレポートを期待したい。
2014年3月23日放送「NHKスペシャル」
里海 SATOUMI 瀬戸内海
瀬戸内海の環境がここ数年、劇的に良くなってきたと研究者や漁師は口をそろえる。高度経済成長期には赤潮が頻発した「瀕死の海」が、なぜよみがえったのか。人も海の一員と考え、自然のお世話をしながら命のサイクルを活性化させる「里海」が、海の力を回復させたのだ。 この日本独特のやり方は今、“SATOUMI”として世界に注目されている。汚染や海洋資源の枯渇に悩む世界中の海の解決策として、導入が始まっている。
沖合いでカキを養殖するカキ筏で繰り広げられる自然の大スペクタクル。「海のゆりかご」アマモ場の生き物たちの競演。絶滅寸前からよみがえった「生きている化石」カブトガニや、イルカの仲間スナメリの貴重な映像…。四季折々の瀬戸内海の映像美を堪能しながら、世界が熱い視線を送る「里海の世界」にいざなっていく。
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