九十九里浜の環境破壊を食い止めるために
〜人工岬「ヘッドランド」をめぐる攻防〜
*「九十九里浜 やがて消滅か」
千葉県の九十九里浜は侵食が深刻になっている。2010年9月1日の『毎日新聞』(千葉版)は、「九十九里浜 やがて消滅か」というショッキングな見出しをかかげ、この問題を大きく報じた。
砂浜侵食のいちばんの原因は海食崖(かいしょくがい。波浪の作用によって形成される海岸の急崖)の侵食を止めたことである。九十九里浜の両端には、屏風ヶ浦(びょうぶがうら)と太東崎(たいとうざき)の海食崖がある。その海食崖が太平洋の荒波に削られることによって大量の土砂が堆積していた。土砂は沿岸流の力でゆっくり移動し、堆積する。一説によれば、九十九里浜は6000年間で形成されたという。
こうした自然の営みが人の手によって阻害された。1960年代以降、屏風ヶ浦と太東崎の崖の前面に県が消波堤を築いた。目的は海食崖の侵食を食い止めることだ。そのため、九十九里浜への砂の供給量が激減した。また、漁港の防波堤整備が潮の流れを変えた。さらに、水溶性ガス採掘による周辺地域の地盤沈下も指摘されている。
そこで県は、1988年からコンクリート製人工岬「ヘッドランド」の建設工事をはじめた。ヘッドランドは、宮城、千葉、神奈川など23道県に2009年3月末現在で計190基ある(着工未完成を含む)。そのうち千葉県は、九十九里浜に22基ある。北九十九里浜に12基、南九十九里浜(一宮海岸)に10基である。建設費は1基で約10億円である。
*4万4千の署名が行政を動かした
ヘッドランドの目的は侵食対策である。ところが、ヘッドランドは侵食を加速させている。そればかりか、九十九里浜の景観や自然環境を大規模に破壊しつつある。九十九里浜は日本を代表する砂浜のひとつである。「日本の白砂青松100選」や「日本の渚100選」にも選ばれている。そういうすぐれた景観や自然環境がヘッドランドによって台無しにされつつあるのだ。九十九里浜の代表的な水鳥であるミユビシギも減っている。
そこで2010年2月、一宮町のサーファーや住民たちが「一宮の海岸環境を考える会」を立ち上げた。ヘッドランド工事の一時中止と見直しを求める署名をわずか2か月で約4万4000集め、県知事と一宮町長に提出した。一宮町が同年4月に開いた「一宮の海を考える集い」では、ヘッドランド工事の見直しを求める声が相次いだ。集いには住民など140人が参加した。その結果、一宮町は官民協議会「一宮の魅力ある海岸づくり会議」を発足させた。同年6月である。会議には住民やサーファーの代表のほかに専門家が加わり、ヘッドランド工事の見直しや「魅力ある海岸づくり」を議論している。
「海岸づくり会議」は、最初のうちはヘッドランド工事を見直す方向で議論がつづいていた。ところが県は、ヘッドランド工事を当初計画どおりに進める姿勢である。そのため、会議をリードしている学者委員(ヘッドランドの提唱者や推進派)が県の意向にそった発言を繰り返すようになった。
*人工岬は税金のムダづかい
2014年8月31日放送のTBSテレビ「噂の!東京マガジン」が、「噂の現場」のコーナーで九十九里浜の侵食問題をとりあげた。タイトルは「急速な海岸侵食! 九十九里浜が九十九里浜でなくなる日」である。私も千葉県自然保護連合事務局長の肩書きで登場させてもらった。ヘッドランドについて、私はこう訴えた。
「ヘッドランドは全然効果がでていない。税金のムダづかいである。(T字型の)ヘッドランドの縦堤の脇には砂がつくが、ヘッドランドとヘッドランドの間は離岸流でえぐられてしまう。そこで県は毎年、トラックで砂を運んでそこに入れている。ヘッドランド工事は中止し、砂の投入だけにしてほしい」
県は、ヘッドランドは効果がないということを隠すため、2009年度から毎年、土砂を投入している。ヘッドランドが完成している2号と3号の間である。ここは一宮海水浴場である。太東漁港に堆積している土砂を運んでいる。
番組の最後で、司会の森本毅郎氏がいいことを言った。
「屏風ヶ浦は長年をかけて自然に削られてきた。あるとき、それを人工的に止めた。そこから(九十九里浜の侵食が)はじまった。いちど人間が手をつけたら、ずっと手をつけざるをえない。自然に手をつけるということは、“お金がかかるぞ!”という覚悟が必要になるということだ。そういう覚悟がなければ、自然にまかせるというイギリス方式も考えなければならない」
これは問題の核心をつく指摘である。
放送のあと、元千葉県職員(土木技術者)の永田正則さんがこう話してくれた。
「海に構造物をつくったら必ず問題が起こる。自然のバランスに人間が手をつけると、なんらかの影響がでる。そんなことは、土木技術者であればわかっていることだ。ヘッドランドは侵食防止に役立たない。私は、ヘッドランド工事がはじまったころから、県庁内でそのことを指摘していた。同じ考えの職員もいた。だが、公共土木事業はいったんはじまったら止まらない。地元の土建業者やゼネコンが仕事にありつけるからだ。議員バッチをつけた連中も動く」
*九十九里浜を守るために
私たちは、ヘッドランド工事を見直し、外国で主流となっている「構造物をつくらない侵食対策」に切り換えることを県に要請している。具体的には、太東漁港や片貝漁港に堆積した砂を侵食場所に搬入することである。この養浜はすでに県も実施していて、その効果が証明されている。ところが県は、「ヘッドランド工事と養浜の併用でなければ、国交省から交付金(補助金)をもらえなくなる」と言い、ヘッドランドの建設続行に躍起となっている。
私たちは、養浜の具体的な方法として「サンドパイプ方式」(パイプラインによる砂投入)を提案している。他県の海岸では、この方式が侵食対策として採用されつつある。一宮町長も、私たちとの懇談でこの提案に賛同してくれた。
ヘッドランドは離岸流(沖合方向への強い流れ)を発生させるので危険である。ヘッドランドが34基つくられた茨城県鹿島灘海岸では死亡事故が起きた。そのため、海岸への立ち入りが禁止されていて、町のあちこちに立入禁止のポスターが貼られている。
一宮海岸でも、ヘッドランド工事にともなって遊泳禁止の場所が増えた。「ヘッドランドの近くでは沖向きの強い流れが発生しますので遊泳しないでください」の看板を県が立てている。「海岸づくり会議」でも、「海水浴場が閉鎖され、海で泳げなくなった」という声が出された。
地元の一宮町長もそれに危機感をいだいている。九十九里浜のヘッドランド工事や侵食対策をめぐる攻防は今後もつづく。
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