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■湿地保全団体の紹介

NPO法人民間稲作研究所

〜有機稲作に水田の生物多様性を活かす〜

NPO法人民間稲作研究所 稲葉光國理事長に聞く

 栃木県河内郡上三川町(かみのかわまち)に拠点をおくNPO法人民間稲作研究所は、無農薬・有機稲作の安定栽培に取り組んでいます。環境に負荷をかけないことが目的です。その手法のひとつは水田の生物多様性を活用することです。水田も湿地に含まれます。理事長の稲葉光國さんに話を聞きました。

*環境創造型の稲づくりを実践

 ──稲葉さんたちがめざしていることを教えてください。

【稲葉】 私たちは、環境破壊型ではなく環境創造型の稲づくりを実践しています。除草剤などの農薬や化学肥料はいっさい使わないということです。
 第二次大戦後、日本の農業は農薬や化学肥料の使用を前提としたものに変わりました。その結果、農業は効率化が進み、生産性が向上しました。しかし一方で、日本人が古代から自然とともに築きあげてきた環境は破壊されてしまいました。生き物たちも蹂躙(じゅうりん)されています。
 環境を破壊する行為は自分たちにもはね返っています。農薬によって人間の健康が害されています。化学肥料の多用は、土壌の微生物の多様性を喪失させています。動植物の多様性も失わせています。農村は居住環境としての魅力を失い、農業自体の存続までが危ぶまれるようになってきました。
 とはいえ、すべてを過去に巻き戻すことはできません。日本の豊かな自然と先人の知恵を現代の科学でさらに発展させる。そして、豊かな生物多様性を復活させることによって、やっかいな除草や病虫害からイネを守る──。これが私たちが実践している農法の大きな特徴です。自然への憧憬や過去への懐古ではなく、日本の農業を持続可能な産業として子孫に引き継ぐ。そのために自然環境の豊かさを発見し、それを農業生産に結びつける術を磨かなければなりません。
 民間稲作研究所は、農薬や化学肥料をいっさい使わずに、自然環境を活用することで、日本の主食である米を効率よく生産する方法を探求し、実践してきました。
 この農法は、除草の手間がほとんどかかりません。田植えをしたら、草取りのために田んぼに入る必要はないのです。しかも健康な土づくりと健康なイネ作りに徹していますので病害虫の発生は少なく、美味しいお米を消費者に提供することができています。食源病(食生活が原因になって起こる病気)に悩む方々や未来をになう子どもたちに自信をもって提供できるお米です。それでいて、農薬や化学肥料を使う慣行(かんこう)栽培(一般の栽培)と同等で、最近ではそれを超える収穫量になってきつつあります。
 この農法が広まることで、農業が自然と共鳴し、それを土台に人類と自然が共存する新しい社会環境が創造されると、そう確信しています。

 NPO法人民間稲作研究所の稲葉光國理事長。
後方は稲葉さんたちが有機栽培をしている水田

*生物多様性を活用し害虫防除

 ──自然環境の活用というのはなんですか。

【稲葉】 水田の生物多様性を復活させ、それよって害虫を防除するということです。アマガエル・アカガエル・トウキョウダルマガエル(カエル類)、アキアカネ・オニヤンマ・ウスバカゲロウ(とんぼ類)、ナガコガネグモ・コモリグモ・オニグモ(クモ類)、寄生蜂・ミツバチ(ハチ類)など、昔からその地域にいた生き物、特に害虫の天敵となる生き物に注目しながら育てています。
 そのためにしっかりしたあぜ道を作っています。きれいな花が咲くあぜ道は、ただ美しいだけではなく、たくさんの生き物が繁殖できる環境でもあります。害虫からイネを守るには、カエルやトンボ、クモなどが生きていけるあぜ道を作ることが必要です。
 また、いろいろな生き物が育つビオトープを水田の中に作っています。休耕田に作ってもイネを栽培している田んぼへの影響は限度がありますから、できるだけ田んぼの一角にビオトープを作り、中干し作業(水を抜いて土を固める作業など)に入っても田んぼで生まれ育った生き物が逃げ込めるようなビオトープを作るように心がけています。
 この農法は大きな成果をあげていて、国内外に普及しつつあります。この農法をとりいれた有機水田では絶滅危惧種の動植物の復活が確認されています。トキやコウノトリなどの復活運動にも貢献しています。
 また、国内外から農業関係者が研修や視察に訪れています。有機農業推進法のもと、農水省の援助を受けて設けた有機農業技術支援センターは研修室や長期研修者向けの宿泊施設を備えていて、有機農業の技術を広めるための場として活用されています。

*ブータンの有機農業を技術指導

 ──環境創造型の稲作で大きな成果をあげているため、稲葉さんは講師や技術指導に招かれたり、事業を受託したりすることが増えたそうですね。

【稲葉】 充分な成果が出たわけではありませんが、兵庫県豊岡市の「コウノトリと共生する水田づくり事業」を2004年から3年間受託しました。豊岡市は「コウノトリと共生するまちづくり」をめざしていました。地元の人々の運動が実り、同市の「円山川下流域及び周辺水田」は2012年7月にラムサール条約湿地に登録されました。
 「コウノトリやトキで自然再生」をめざしている千葉県いすみ市、野田市、栃木県小山市、埼玉県鴻巣市、新潟県佐渡市、地下水涵養に努力している熊本県益城市などの水田づくりの技術指導も行っています。豊岡市、野田市、佐渡市(新潟県)のコウノトリやトキの放鳥にも立ち会うことができました。また関西各県のポット田植機を使っている農家の皆さんや民間稲作研究所の会員農家のみなさんと生物多様性農法の推進に努力しています。
 来年からは、ブータン王国の有機農業を指導する予定です。ブータンは国民総生産(GNP)の概念を捨て、国民総幸福(GNH)を政策の中心にすえ、2020年までに有機農業100%をめざしていますが、除草剤を使わざるを得ない状況にあり、その克服が大きな課題になっています。水利環境の整っていないブータンでの有機稲作は水路の整備から手を付けなければならないという困難な事業になりそうです。

*水田の田植え体験と生き物観察会

 ──水田の田植え体験や生き物観察会も行っていますね。

【稲葉】 私たちの作物は、消費者に直接届ける産直が大部分です。出荷先は、パルシステムやよつ葉生協、個人の消費者のみなさん、お米屋さん、レストラン、幼稚園など多岐にわたっています。そうした会員の消費者に呼びかけ、田植え体験や生き物調査をしています。
 今年の6月20日は、よつ葉生協が「田植え体験&生き物調査」を主催しました。総勢110人の家族が参加し、どろんこになって田植えや流しそうめん(細うどん)、有機水田の生き物調査を体験しました。
 生き物調査は、田んぼにどんな生き物がいるかを調べます。毎年つづけることで、田んぼの生物多様性が見る見るうちに蘇っていく様子を実感できます。この日は45種類の生き物が確認されました。そのほとんどは、子どもたちがはじめて見る生き物だったようです。トウキョウダルマガエル、ニホンアカガエル、アメンボ、コモリグモ、ドジョウ、ハグロトンボ、チビゲンゴロウなどです。NPO法人オリザネットの斎藤さんと古谷さんのリードのおかげで子供たちは大喜びでした。
 稲作という日本古来の文化がもつ豊かさと楽しさを子どもたちに伝え、故郷に誇りをもってもらう。そして、将来の農業の担い手を育てる。田植え体験や生き物調査は、そういう大きな意味をもっていると思います。

 田植え体験に総勢110人の家族が参加=
6月20日、民間稲作研究所付属農場で

*福島原発事故で深刻な被害

 ──福島第一原発事故による影響はどうですか。

【稲葉】 原発事故で受けた被害は甚大でした。いまも深刻な影響がつづいています。
 原発事故が発生した2011年3月から、パルシステムやよつ葉生協の支援を受けて、継続して有機水田のセシウム濃度を測定していますが、会員農家の水田の一部で放射性セシウムの濃度が高まるという現実に直面しています。対策として、大きな沈殿池を兼ねたビオトープを入水口に設けたりしました。また代掻(しろか)き除染とモミガラによるセシウム吸着、そしてナタネ・ヒマワリ栽培による植物除染などを組み合わせた除染事業を行ってきました。その結果、一時増えたセシウム濃度を引き下げることに成功しました。
 研究所の付属農場では2011年に237ベクレル/kgあった土壌のセシウム濃度も、現在は80ベクレルに減少させることができました。セシウム濃度ゼロをめざし、いまも除染事業をつづけています。
 原発事故の影響で大きかったのは風評被害です。おかげで、売り上げが3割も落ちた。いまだに「北関東の米はダメ」と言われています。
 いったん原発事故の被害を受けると、とくに有機栽培の場合は大打撃をうけます。キャンセルは総額で3000万円に及びました。そのため東京電力に損害賠償を請求しています。
 一般の稲作(慣行栽培)の場合は、風評被害は解消しつつあることから、昨年で補償期間が終わりになったようですが、有機栽培の場合は影響がまだまだ残っています。東電から「事故から4年もたっているのに、いまも被害があるというのは経営努力が足りないからではないか」と言われましたが、グリーンオイルプロジェクトの取り組み(油脂作物で除染を行いながらセシウムの移行しない植物油を搾って販売し、経営再建をめざす取り組み)を説明し、有機農業者の地道な除染事業と農業再建の努力を理解していただきました

(聞き手/編集部)
(JAWAN通信 No.112 2015年8月30日発行から転載)

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