トップ ページに 戻る

生物多様性の宝庫 九十九里浜はいま

九十九里浜自然誌博物館主宰・元東邦大学教授

秋山章男さんに聞く


 日本を代表する砂浜の九十九里浜が危機に瀕しています。千葉県がコンクリート護岸や人工岬「ヘッドランド」などの建設を進めているからです。そこで、九十九里浜の自然や公共土木事業の問題点などについて秋山章男さんに聞きました。

写真1
秋山章男さん

◆九十九里浜自然誌博物館

 ──九十九里浜自然誌博物館を主宰されたきっかけは何ですか。

【秋山】 私は東邦大学(習志野市)で海の生きものや干潟の研究をしていた。1985年にミユビシギ、92年にスナメリ、94年にウミガメの研究をはじめた。また、環境庁(現環境省)の委託で全国40カ所の干潟を調査した。1974年のことである。調査内容は渡り鳥や底生動物(ベントス)である。その後、関東にある干潟の四季調査もおこなった。小櫃川河口干潟(盤洲干潟)、谷津干潟、一宮川河口干潟、葛西臨海公園(三枚洲)、相模川河口の5カ所である。
 一宮町に移り住んだのは1985年である。私は1974年から毎年、一宮川河口干潟の調査で一宮を訪れていた。この干潟は、小櫃川河口干潟などと違ってこぢんまりとしている。そのため、全体をひと目で見渡すことができる。移住先として一宮を選んだのは、それが理由である。
 一宮川河口の周辺一帯を野外博物館(九十九里浜自然誌博物館)と位置づけ、その事務所を自宅におくことにした。
 ちなみに、若い頃の私は文学青年であった。とくに芥川龍之介の小説が好きだった。芥川の短編小説「海のほとり」には一宮の風景が描かれている。この小説に影響され、私も大学生のときに一宮を初めて訪れた。
 芥川は1916(大正5)年、友人の久米正雄と一宮を訪れ、一宮館の離れでひと夏を過ごした。私も偶然、一宮館の離れに泊まった。芥川が一宮館を利用したということは、そのときに初めて知った。感激したことを覚えている。一宮館はいまも「芥川龍之介ゆかりの宿 一宮館」として営業をつづけている。

◆1000種類の生きもの

 ──九十九里浜の自然を特徴づけるものは何ですか。
 
【秋山】 九十九里浜の自然はたいへん豊かである。私がこれまでであった生きものは1000種類におよぶ。そのうち200種類は、環境省と千葉県のレッドデータブックに記載されている絶滅危惧種である。
 九十九里浜を代表する生きものは、アカウミガメ、スナメリ(小型のイルカ)、ミユビシギ(水鳥)の3種である。
 九十九里浜は、アカウミガメ上陸の北限となっている。南九十九里浜(一宮海岸)において、私は1994年から2008年までアカウミガメの上陸を212回確認した。そのうち、産卵したのは約4割だ。残りの6割は産卵しないで海に戻ってしまった。海岸侵食によって産卵するのに十分な砂浜がなくなったためだと考えられる。
 ミユビシギは北極で繁殖し、日本を経由してオーストラリアへと渡る。九十九里浜はミユビシギの国際空港のような役割を果たしている。

◆南九十九里生態圏の根幹をなすいすみ根(器械根)

 ──秋山さんは「いすみ根」の重要性を強調されていますね。
 
【秋山】 南九十九里浜でスナメリの繁殖地を調査しているときに器械根と呼ばれる大規模な磯根の重要性がわかった。
 この磯根は、いすみ市の沖合約20キロに広がっている。そこで、私たちはこの磯根を「いすみ根」と名づけた。
 「器械根」という名前は、かつて器械潜水と呼ばれる方法でアワビを乱獲したことに由来する。このように「器械根」という名称は悪いイメージがあるので、「いすみ根」という名称を広めることにしている。
 いすみ根の広さは、いすみ市の面積の9割におよぶ。水深10〜20mの起伏豊かなところに、カジメの林が海の里山のように広がっている。海中林というべきものである。1本のカジメの根には、数百もの生物が棲みつき、それらがいすみ根の生物を支えている。このいすみ根が、スナメリの繁殖地となっている可能性が高い。
 いすみ根はまた、日本有数の漁場となっている。北上する暖流の黒潮と南下する寒流の親潮がぶつかりあうところであるため、良好な漁場が形成され、多種多様な魚介類が生息している。イセエビ、サザエ、アワビ、タコ、イシダイ、イワシ、アジ、タイ、ヒラメ、イナダ、スズキ、ウマズラハギ、イサキ、フグ、ホウボウなどである。
 地元の夷隅東部漁協にとって、いすみ根は重要な漁業資源となっている。そのため、いすみ根を「銀行」と呼んでいる漁師もいる。「元金」に手を付けずに「利息」だけでやっていけるからである。
 先に述べたように、私は南九十九里で1000種類の生きものを確認している。その南九十九里生態圏ともいうべき圏域の根幹をなすのがいすみ根である。

九十九里浜位置図 いすみ根

◆「海岸づくり会議」の問題点

 ──県が侵食対策として進めているコンクリート製人工岬「ヘッドランド」は、九十九里浜の自然環境や景観を破壊しています。そこで、地元の一宮町が官民協議会の「一宮の魅力ある海岸づくり会議」を2010年6月に発足させました。秋山さんも委員に加わっていて、いろいろと発言されていますね。
 
【秋山】 ヘッドランドは、南九十九里浜(一宮海岸)で10基建設中である。ヘッドランドはアカウミガメの上陸や産卵の障害になっている。ウミガメは、ヘッドランドを避けて、ヘッドランドの真ん中の砂浜に上陸しようとする。ところが、その砂浜にフトンカゴという名のジャカゴ護岸が3〜5mの高さで築かれている。波によって砂浜が削られるのを防ぐ目的で、鉄線のカゴに石を詰めてある。このジャカゴ護岸に阻まれてあえなくUターンしたウミガメも多い。
 ヘッドランドやジャカゴ護岸は、形状、材質、配置のすべてで間違っている。九十九里浜の形状は直線ではなく円弧だ。また、砂浜だ。だから、形状は砂浜にあわせて円弧にすべきだ。砂浜に石を持ってくるのもナンセンスである。さらに、ちょうどウミガメが産卵するところにジャカゴ護岸が配置されている。
 また、ウミガメの産卵などで必要なのは植生だ。海浜植物をしっかりと保全したり回復させたりすることが大事ということである。ところが、ヘッドランドの縦堤の両脇に堆積する砂には植生がまったく発達しない。これでは、生態学的にまったく意味がない。
 そういうことを「海岸づくり会議」で発言しているが、無視される。聞き置くというだけである。そもそも「一宮の魅力ある海岸づくり会議」という名がついているが、一宮海岸をどうやって魅力あるものにするかということは、これまでいちども議論されたことがない。侵食対策としての土木事業をどうするか、ということだけである。 
 ようするに、自然環境をいじる場合の土木工学的発想が確立されていないということだ。土木工学にも生態学を入れるべきである。自然の学問を必修科目にすべきである。

写真4
ヘッドランドがほぼ完成している2号と3号。間の砂浜は侵食が加速。縦堤の脇には砂が堆積するが、植生は発達しない。生物相も貧弱である。
写真5
産卵のために何度も上陸を試みたアカウミガメの足跡。フトンカゴ(ジャカゴ護岸)に阻まれて産卵を断念し、海へ戻っていったアカウミガメの足跡=秋山章男さん撮影

◆子どもたちに期待

 ──秋山さんは子どもたちの指導に力を入れておられるようですね。
 
【秋山】 九十九里浜の維持管理事業を進めているのは県だが、九十九里浜の海浜植物の保全・回復を担当する部署は存在しない。「一宮の魅力ある海岸づくり会議」で、九十九里浜の生物多様性や生態系の保全・回復を訴えても、ほとんど無視される。そういうことから、大人にはあまり期待していない。子どもたちに期待している。だから、絵画、彫刻、クラフト、音楽など、海の生きものを素材とした創作活動を子どもたちといっしょに進めている。また、子どもたちの自然観察指導に力を入れている。

(聞き手/編集部)

■秋山章男(あきやまあきお)さん

 1935年、東京中野に生まれる。千葉県一宮町在住。九十九里浜自然誌博物館主宰。2000年3月に東邦大学教授(海洋生物学)を退職後、ウミガメや渡り鳥などの研究を継続しながら、小学生、高校生、教員、自然保護団体などを対象に自然観察の指導や講演をつづけている。またアーティストをめざし、絵画、彫刻、クラフト、音楽など海の生きものを素材とした創作活動に励む。著書は『日本列島の健康診断⑤ 日本の湿地・干潟』(共著、草土文化)、『磯浜の生物観察ハンドブック』(東洋館出版社)、『干潟の生物観察ハンドブック』 (共著、東洋館出版社)、『河口・沿岸域のエコテクノロジー』(共著、東海大学出版会)、『千葉県の自然破壊』(共著)など多数

(JAWAN通信 No.112 2015年8月30日発行から転載)

>> トップページ >> REPORT目次ページ