■新刊紹介
田北 徹・石松 惇 共著
水から出た魚たち
─ムツゴロウとトビハゼの挑戦─
共著者の一人である田北徹さん(長崎大学名誉教授)は、日本湿地ネットワーク(JAWAN)の会員として、長年にわたり日本の湿地保全運動を支援してくださった。この本は、昨年8月に逝去された田北さんの遺稿がもとになっている。
諫早湾が1997年4月に閉め切られたとき、ムツゴロウは全国に知られるようになった。293枚の鋼板「ギロチン」がドミノ倒し方式で落とされる映像を、テレビ各社は何度も流した。すると、「いま、小学生の娘がテレビを見て引きつけを起こしています。なんとかムツゴロウを助けることはできないでしょうか」という電話が、諫早干潟緊急救済本部代表(当時)の山下弘文さん宅にかかってきた。山下さんによれば、似たような電話が、朝6時から真夜中まで、2、3分に1回の割合でかかってきたという。「ムツゴロウを救う会」も結成された。
しかしムツゴロウは有名になっても、その生態はほとんど知られていない。日本では、九州の有明海と、そのすぐ南にある八代海の一部だけに棲んでいるからだ。また、ムツゴロウは人間が近づきにくい環境に生息している。ムツゴロウが棲む泥干潟は泥がとても軟らかく、足を踏み入れにくい。
そうしたなか、著者たちは長年にわたって、日本とアジア・オセアニアのいくつかの国でムツゴロウとその仲間たちの研究をつづけた。また、学生たちといっしょに泥干潟を這い回り、文字どおり泥まみれになって研究を進めてきた。
その結果、複数の新種が見つかった。また、泥干潟という厳しい環境で生きるため
にムツゴロウたちが発達させた行動や生理を解明するという、大きな成果を上げることができた。たとえば、ムツゴロウやトビハゼたちは、干潟の巣孔の中に空気をためて、その空気に含まれる酸素を使って子育てをしている。その発見は、著者たちにとっても大きな驚きであったという。
本書は、ムツゴロウというたいへんユニークな魚と仲間たちの知られざる生態をわかりやすく解き明かしている。
こうも記している。
「私たちの子どもや孫たちが生きる世界に、貧弱な自然しか残せない状況が生まれつつあります」
「ムツゴロウたちが棲む干潟が急速に破壊されてなくなっている現実を多くの人々に知っていただき、その保全に少しでも役に立てたら、こんなに嬉しいことはありません」
田北さんのご冥福を祈るにふさわしい本である。ぜひ一読をおすすめしたい。
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