トップ ページに 戻る

2万年の歴史を刻む湿原

〜三重県津市 「池の平湿原」〜


写真4-3
講師の高原 光さん

 「池の平(いけのひら)湿原 とっておきの話」と題した講演会が2015年11月21日、三重県津市美杉町の太郎生(たろう)多目的集会所ホールで開かれました。
 主催は、池の平湿原の保全・再生にとりくんでいる「太陽と風の道つくりin太郎生」。講師は京都府立大学大学院の高原光教授です。地元の住民など約50人が参加しました。

◆多種多様な動植物が生息・自生

図4-1

 高原教授の専門は森林植生です。日本だけでなく、欧米や北東アジアの幅広い地域で研究活動を進めています。
 池の平湿原は、奈良県と三重県の県境にある倶留尊山(くろそやま)の中腹、池の平高原(標高約630m)にある湿原です。湿原の面積は約6000㎡です。とても小さな湿原です。
 この湿原では、2万年前からの泥炭が7mの深さまで確認されています。そこには古代の植物などが腐らずに堆積しています。湿原の中に木の棒を突き刺すと、中に沈み込みます。1mは楽に入るそうです。湿原でジャンプすると地面が揺れるとのことです。
 池の平湿原では、多種多様で貴重な動植物が確認されています。このような湿原は、近畿地方では、京都市北区の「深泥池(みどろがいけ/みぞろがいけ)」と和歌山新宮市の「浮島の森湿原」、池の平湿原の3カ所しかないそうです。ところが、ほかの2カ所は天然記念物に指定され、保護されているのに、池の平湿原は無指定のままです。

写真4-6
「太陽と風の道つくりin太郎生」
の辻村龍哉会長

 そのため、「太陽と風の道つくりin太郎生」は池の平湿原の保護対策を行政に求めています。湿原の再生・保全の活動も進めています。手作業による灌木(かんぼく)の伐採やススキの刈り取りなどです。自然観察会も定期的に開き、動植物の生息や湿原環境の記録をとりつづけています。

写真4-1
池の平湿原(提供:太陽と風の道つくりin太郎生)
写真4-2
灌木の伐採作業(提供:太陽と風の道つくりin太郎生)

◆シカの食害対策も重要

 高原教授は、映像を使いながら、湿原がもつ重要な意味や保全の大切さをわかりやすく話しました。たとえば泥炭層の堆積物を分析することによって、2万年間の気候変動や火山噴火の歴史、植生変化などがわかります。そのことを映像を使いながらくわしく説明しました。
 京都市左京区の八丁平湿原がシカの食害などで危機的状況にさらされていることや、その対策についても話しました。
 高原教授はこう述べました。
 「八丁平湿原は、シカの食害で植生や景観が大きく変わった。かつては水生植物が繁茂していたが、その水生植物をシカがごっそり食べてしまった。そのため、八丁平湿原はススキ原になっている。カキツバタも全部食べられてしまった。ウワバミソウやワサビといった山菜もなくなってしまった」
 「きょう、池の平湿原とその周辺をみなさんといっしょに歩いた。そうしたら、いたるところにシカの糞がおちていた。シカが入りかけているということは、きわめて危険な状態にあるということだ。しっかりした柵を設けてシカを湿原に入れないなどの対策を今から講じることが必要だ」

◆2万年の歴史がわかる「古文書」

 講演のあと、地元に住む若い人がこんな質問をしました。
 「私たちは池の平湿原をどのように守っていけばいいのか。どうしたら多くの人が湿原を見に来てくれるようになるのか。これらについてアドバイスをいただきたい」
 高原教授はこう答えました。
 「池の平湿原は2万年の歴史がある。この2万年間は、気候が氷河期から温暖期に変わるというように、劇的な変化がみられた。さらに最後の1000年間は、人間の文化的・社会的活動が森林や景観に大きな影響をおよぼした。池の平湿原は、そういうものを記録している。いわば古文書が池の平湿原にあるというふうに思っていただくとよい。貴重な歴史が書いてある古文書は大切にされている。池の平湿原がなくなると、この地域の自然の歴史を記録している大事なものをなくしてしまうことになる」
 「いま生えている植物を大切にすることによって、下の堆積物もずっと維持される。そういうことを説明した展示物を現地に設置し、池の平湿原を訪れた人にみてもらうことにしたらどうか。私たちの研究によってこういうことがわかっているということも展示したらどうだろうか」
 「観光的なことを考えると、たとえば古代のものを土産(みやげ)にして売ることも考えたらいいと思う。私たちが湿原の泥炭層を調べた結果、古代の花粉などがたくさんでている。さらに、湿原の周辺にはいろいろな樹木がある。その樹木を使った土産を考えたらどうか」
 「ジオパークに登録してもらうという手もある。ジオパークは世界的に認知されている。登録されると予算がつく。ジオパーク登録地では、その地域の地質や生態系などをわかりやすく展示している。地元のボランティアの方々も説明にかかわっている」
 「池の平湿原をより多くの人に知ってもらうため、アイデアをだしあうととともに、さまざまなとりくみを進めてほしい」
 中身の濃い講演会でした。
 

写真4-4
高原光教授が泥炭層から採取した1万年前の土=NHKスペシャル「日本列島 奇跡の大自然 第1集 森 大地をつつむ緑の物語」(2010年10月9日放送)より
写真4-5
1万年前の土に含まれていたツガの花粉
写真4-7
高原教授に質問する参加者=2015年11月21日、三重県津市美杉町
(JAWAN通信 No.114 2016年2月20日発行から転載)

>> トップページ >> REPORT目次ページ