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■シンポジウム「日本の湿地を守ろう 2016」講演要旨

三河湾の現状と課題

名城大学大学院総合学術研究科特任教授 鈴木輝明さん
遠藤輝明さん

◇内湾の豊かさの源は入り口の狭さ

 内湾の豊かさの源は豊富な栄養塩類(栄養素)の流入である。栄養塩類は陸から流れ込むだけではなく、外海からも流入する。さらに内湾は干潟・浅場・藻場が発達しているので、非常に豊かな動物群集が生息できる。
 もうひとつ重要なのは湾口の狭さである。たとえば伊勢湾も三河湾も入り口が狭い。沿岸域管理の議論では、入り口の狭さは欠点とされている。環境省には閉鎖性海域対策室という部署もあるくらいだ。「入り口が狭いから汚いものがたまる。たまるから栄養塩を削減しなければならない」。そういうことを言う人も多い。
 これはとんでもない話だ。入り口が狭いというのは、栄養塩類やプランクトン類をムダに外海にださないということである。つまり、海自体が栄養塩類などの貯金箱になっているということだ。閉鎖的だから悪いというのは錯覚である。

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◇名古屋港の浚渫土砂処分

 三河湾は伊勢湾とつながっている。三河湾と伊勢湾は一体である。
 伊勢湾で大きな問題となっているのは、名古屋港で発生する浚渫土砂の処分である。
 名古屋港は宿命的につねに浚渫しなければならない。これまで浚渫土砂を処分してきた場所が満杯になったので、ほかの処分場をさがさなければならない。
 伊勢湾のなかでいろいろさがしたら、中部国際空港の前面が候補としてあがった。ところが、中部国際空港前面の浅場は伊勢湾のなかでもっとも重要な漁場の一つとなっている。そこを埋め立てるというので、愛知県の漁業者はたいへん心配している。国土交通省にたいし、「土砂処分場として埋め立てるのは困る」という話をしている。
 しかし、名古屋港が存在するかぎり、大量に発生する浚渫土砂の処分はなくならない。それをどうするのか。発生する浚渫土砂をどうやって環境に影響をあたえずに処分するのか。これが伊勢湾の重要な課題となっている。

◇全国のアサリの6〜7割を産出

 六条潟はたいへんな場所である。愛知県はアサリの産出量が全国一となっている。全国のアサリの6〜7割を占めている。
 その種貝は漁業者が六条潟で採っている。それを自分のところの浜に移植放流している。
 放流用としてのアサリの稚貝の採捕は六条潟だけである。昔は矢作川の河口でもアサリの稚貝が発生していた。だが最近、そこの稚貝発生量はすごく減っている。
 六条潟では1m2あたり10kgという非常に高密度のアサリの稚貝が毎年採れる。ここの稚貝を三河湾のあちこちに放流している。いまは伊勢湾にも放流している。
 六条潟だけで毎年3000トンぐらいの稚貝を採っている。それを放流して毎年1万5000〜1万6000トンの漁獲をあげている。したがって、六条潟の3000トンの稚貝がなかったら愛知県の漁獲はたちどころに減少する。このように六条潟は重要な干潟となっている。全国的にも重要だ。
 全国をみると、アサリの養殖用の稚貝が採れなくなっている。採れない理由は単純だ。日本の干潟が激減したからだ。
 そういうなかにあって、六条潟は大切な場所となっている。

◇六条潟を脅かす設楽ダム計画

 三河湾では設楽(したら)ダムの建設計画が深刻な問題となっている。六条潟の干潟の砂は豊川から運ばれている。その豊川の上流に設楽ダムの建設が計画されている。
 ダムができるとどういうことになるか。
 ひとつは、干潟に供給されるいい土砂が出なくなるということだ。干潟でいちばん重要なのは砂がどこからか供給されることだが、その土砂の供給が減少する。
 もうひとつは水だ。設楽ダムは、水をためる能力にたいして入ってくる水の量が非常に少ない。だから、いったん水がダムにたまると、ダム湖のなかでの滞留時間が長い。そのため、アオコのような植物性プランクトンが大量に発生する。
 本来は森林からしみ出した栄養素が海にでて植物プランクトンとなり、それがアサリなどの栄養源となる。ところが、ダムのなかでは栄養素はアオコのようなものになり、利用されない有機物になってダムの底に沈んでしまう。だから、ダムからでてくる水は栄養の少ないものになる。
 干潟に供給される栄養が少なくなる。砂も少なくなる。これはたいへんなことだ。
 愛知県の漁業協同組合連合会は、海に影響があるとして設楽ダムを問題視している。日本海洋学会なども、「調査が必要だ」「影響がないとはいえない」と言っている。
 ところが、ダム開発側は「海にはまったく影響がない」の一点張りである。
 いまは膠着状態になっている。したがって、六条潟もけっして安泰ではない。設楽ダムは、民主党政権のときは凍結になったが、政権が交代したらすぐに復活した。着々と進んでいる。漁業者はたいへん心配している。

◇土取り場(浚渫窪地)が無酸素化の原因

 三河湾はほかにも問題が山積みである。
 海の中に大きな穴がある。過去の土取り場だ。浚渫窪地(くぼち)とも呼んでいる。深さ5〜10mぐらいの土取り場がいろいろなところにある。
 そういう場所を夏にもぐってみると、酸素がまったくない。場合によっては還元化がすすんで硫化水素もでている。もぐった人のいのちにかかわる。よほど気をつけてやらないといけない。無酸素化がすすみ、かつ硫化水素がでている。
 開発した人はこう言う。「海は広いので、地図上でいえば、そこは点のようなものだ。そこが無酸素化したからといって、三河湾全体に影響をおよぼすことはないはずだ」
 私が愛知県の水産試験場につとめていたとき、六条潟でアサリの大量斃死(へいし)がおきた。それを中日新聞が大々的にとりあげた。被害額は10億円とか12億円ということだった。
 その原因について私はこう述べた。
 「水産試験場の立場からいうと、近くにある過去の土取り場に原因があると思う」と。そうしたら翌日、県庁の会議室によびだされた。このようなことを言われた。
 「水産試験場は県の組織だよね。軽々(けいけい)に言ってもらったら困る。どういう根拠で言っているの?」
 根拠はあった。過去の土取り場(窪地)に測定機器を設置してあった。その結果をみれば、土取り場が無酸素化していることがわかる。たぶん硫化水素がでたのではないか。そして強い風が吹いたので、それが上にあがってきて六条潟にかぶさった。そのために大量のアサリが斃死した。私はそれを正しい仮説と認識していた。だから、「土取り場(窪地)が問題だ」と申しあげた。
 そうしたら、いろいろとすったもんだはあったが、窪地を埋め戻すということになった。愛知県は動きが早い。地道な観測は大切だ。
 過去の土取り場は、三河湾にも伊勢湾にもまだ残っている。開発が終わったあと、この問題は見捨てられている。だけど、こういうものは尾をひく。いったん海をいじると必ずその余波がおこるということだ。
 窪地の埋め戻しは、7割埋め戻せば7割よくなるということではない。完璧に埋めもどさないと効果はでない。そうしないと、穴ぼこにたまっていたものが外に出ることによって被害を拡大させる危険性もある。人間の身体を手術する場合は完璧に治さないと危ない。それとおなじだ。
 しかし、そういうことはなかなか理解してもらえない。
 「半分くらい埋め戻すからいいだろう」というのは間違いである。完璧にやらないと駄目だ。三河湾の場合はなんとか完璧に埋め戻す方向で進んでいる。

◇赤潮・貧酸素の元凶は干潟・浅瀬の埋め立て

 最後に話したいのは貧酸素化だ。貧酸素は海や漁業にとってたいへん深刻である。
 貧酸素は赤潮と表裏一体である。赤潮が沈んで下のほうが酸欠になる。植物プランクトンの異常増殖である赤潮が貧酸素の原因である。
 赤潮はなぜおこるのか。行政は流入負荷の増大をあげている。つまり、都市化がすすみ、産業も振興し、田んぼにも肥料を入れる。そのようにして栄養素が増え、それが海に流れ込んでいるので赤潮になったと言っている。
 これにたいし、私たち現場の研究者は「そうではない」と言っている。赤潮のような植物プランクトンを食べる動物が少なくなったために赤潮がでる、と私たちは言っている。その論争がいろいろとあった。結果的には、当然のことながら私たちの言っていることがただしいと認識されるようになった。
 最近になって、その様子がやっとわかるようになった。環境省が発表しているデータをみれば、総量規制によって三河湾に流入する窒素やリンは減っている。リンにいたっては7割も減っている。窒素も5割ぐらい減っている。だから、陸から流れ込む負荷量は確実に減っている。ところが、三河湾では貧酸素の面積が増えている。流入負荷量が減っているのに貧酸素は拡大している。つまり、原因のとらえ方が間違っているということだ。
 現在の流入負荷量は、赤潮がでるようになった昭和40年ぐらいのレベルにもどっている。それなのに赤潮がでる。なにが原因なのか。
 赤潮の発生日数の経年変化をみると、三河湾では1970年ぐらいから急激に赤潮が出るようになった。つまり、貧酸素化が深刻になったということである。
 それは何と関係があるのかというと、三河湾東部の干潟・浅瀬の埋め立てである。三河湾東部では、1970年ぐらいから1980年ぐらいまでの間に干潟・浅瀬を約1200ha埋め立てた。1200haは三河湾の2%に相当する。たかが2%である。たかが2%を埋め立てたために、三河湾全体で赤潮が多発し、貧酸素が深刻になった。
 つまり、三河湾の貧酸素化の主な原因は流入負荷ではなくて、干潟や浅場の埋め立てによる動物群集の減少である。それを最近やっとわかってもらえるようになった。
 10年前はそういうことを言っても受け入れてもらえなかった。
 総量規制を強化しても赤潮と貧酸素はよくならない。当たり前である。埋め立てを野放図にやっておいて、別の原因だけをしぼりこんでもよくなるわけがない。悪化するにきまっている。

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(JAWAN通信 No.116 2016年8月20日発行から転載)

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