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■シンポジウム「東京湾の再生と葛西三枚洲」の話題提供(要旨)

ラムサール条約登録と荒尾干潟の漁業

荒尾漁業協同組合 組合長 矢野浩治さん

 「東京湾の再生と葛西三枚洲〜ラムサール条約への登録をめざして〜」と題したシンポジウムが2016年12月18日、法政大学市ケ谷キャンパスでひらかれました。主催は日本野鳥の会東京と法政大学資格課程です。話題提供として荒尾漁業協同組合(熊本県荒尾市)の矢野浩治組合長も話しました。その要旨を紹介させていただきます。
 

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◆荒尾の漁業

 荒尾市は熊本県の最北端にあり、有明海に面している。
 荒尾市には世界基準の地域資源が2カ所ある。ラムサール条約湿地の荒尾干潟と三池炭鉱の万田坑(まんだこう)である。万田坑は、明治日本の産業革命遺産として世界文化遺産に登録された。
 荒尾干潟は南北が9.1km、東西は最大3.2km、面積は1656haである。国内最大級の規模をほこっている。荒尾干潟に流れ込む河川はない。有明海の潮流で運ばれた砂や貝殻が積もって干潟ができている。
 周辺の海域では、ノリ養殖業、栽培漁業、刺し網・流し網の漁船漁業をおこなっている。最近は、漁場環境の悪化によって、アサリやクルマエビなどの減少と魚価の低迷が重なっている。栽培漁業と漁船漁業もきびしい状況がつづいている。
 対策として、干潟のヘドロ化を防ぐために干潟を耕耘(こううん)したり、アサリの生育環境改善のために覆砂(ふくさ)したりしている。また、クルマエビ資源の維持・増大をはかるため、福岡、佐賀、長崎、熊本の4県が共同で放流事業をおこなっている。クルマエビの稚魚を毎年400万匹放流している。
 私は、家業を引き続くために会社員を退職し、ノリ養殖業を営んでいる。有明海の特徴は最大6mの干満差である。この干満差をいかし、支柱式でノリを養殖している。
 干潮時にはノリ網が干出し、太陽の光をたくさんあびる。それによってうま味の成分であるアミノ酸がたくさんでき、とてもおいしいノリができる。
 ノリは秋芽(あきめ)と冷凍の二期作でつくる。毎年10月中旬に種つけし、3月いっぱいまで生産する。有明海沿岸の福岡、佐賀、熊本の3県で全国のノリ生産量の約5割を占めている。2016年の第1回、第2回の入札では、3県のノリの平均単価は熊本県産が最高値であった。

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ラムサール条約湿地の荒尾干潟。後方の山は雲仙普賢岳

◆ラムサール条約登録をめぐって

 荒尾干潟は平成24(2012)年6月に国指定鳥獣保護区と同特別保護地区に指定され、翌7月にラムサール条約に登録された。
 登録される前、環境省職員による意見聴取があった。私は、ラムサール条約登録にさいし、「くれぐれも漁業に制約がないようにしてほしい。そうでなければ漁業者は登録に反対する」とのべた。
 漁業者は、潮がひくと沖に作業に行く。そのさい、テーラー(耕耘機)や自転車、バイク、自動車を使用する。それらを使って干潟を通行しても問題ないかどうか。また万が一、ノリにたいするカモ類の食害がでた場合は猟友会にカモ類を捕獲してもらうことがあるかもしれない。そういうことも伝えた。環境省職員からは、漁業の営みはこれまでとおなじようにつづけられる、という回答を得た。
 漁業者のなかには登録に疑問をもつ人もいた。しかし、話をしたら納得してもらった。なぜ組合長はラムサール条約登録に賛成したのか、という声は漁業者の間からはいっさいでなかった。
 カモ類による深刻な食害は、ラムサール条約に登録されたあとも発生していない。もともと渡り鳥が多く飛来していた場所である。ラムサール条約に登録されたからといって渡り鳥が極端に増加することはない、と思っている。
 ラムサール条約に登録されて以降、漁業関係のトラブルはおきていない。逆に、登録のおかげで活発な動きができるようになったので、喜んでいる。
 平成24年4月、荒尾干潟のラムサール条約登録を推進するために「荒尾干潟保全・賢明利活用協議会」が設置された。私はその会長に就任した。
 協議会は、地元の漁協、農協、商工会議所、観光協会、地区協議会、自然環境団体、行政で構成している。年に数回、荒尾干潟の保全と利活用について話しあっている。これまでに、ラムサール条約登録記念式典の開催、各種イベントの実施、パンフレットの作成、干潟環境調査などの事業をおこなっている。
 ラムサール条約に登録されて以降、私は渡り鳥に関心をもつようになった。鳥の名前を少し覚えたりもした。地元の人たちも、少しずつ鳥に関心をもちはじめている。
 荒尾干潟がラムサール条約に登録されたさい、「ラムサール条約登録」というステッカーを荒尾市が作成した。荒尾漁協は、ノリやマジャクの容器にそのステッカーを貼りつけて販売した。

◆ラムサール条約登録を活用

 平成16年以降、荒尾市と連携して「荒尾マジャク釣り大会」を開催している。今年(2016年)で13回目をむかえた。参加者が毎年増加し、近年では約1000人の参加者がある。今年は4月1日に参加申し込みを開始し、3日間で定員に達した。
 マジャク釣り大会が開かれる時期は、1年間で荒尾干潟がいちばんにぎわう。マジャク釣り大会のおかげでマジャク(アナジャコ)の知名度もあがった。市場ではマジャクの単価があがっている。シーズンになると、全国各地から荒尾漁協に注文がはいる。そういう反響がある。
 平成27年度は、神戸市の中学生約200人が修学旅行の一環として荒尾干潟をおとずれた。2時間コースでマジャク釣りを楽しんだ。今年度もおなじ計画があったが、熊本地震の影響で中止になった。
 来年度(平成29年度)は神戸市から3校の中学生の生徒たちがマジャク釣りの体験にみえる。埼玉県からのマジャク釣り体験修学旅行もプログラムにはいっている。
 2015年8月は、熊本県内ではじめてとなる小さな直売店を荒尾漁協の前でオープンさせた。地元の特産であるマジャクやノリを販売し、PRをおこなっている。いまのところ売り上げも好調である。先日は秋芽の一番摘み生ノリを期間限定で販売した。3日間で売り切れてしまうほどの人気だった。
 ラムサール条約登録という荒尾の独自性をいかしたノリのブランド化もすすめている。よりおいしくできるような生産方法を工夫している。
 ラムサール条約に登録されていることを活用しながら、荒尾干潟の重要性をひろげていきたい。海産物のPRをすすめながら、貴重な環境を守っていきたいと考えている。

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「東京湾の再生と葛西三枚洲」と題したシンポジウム。パネラー席で立って話しているかたが矢野浩治さん=2016年12月18日、法政大学市ケ谷キャンパスで
(JAWAN通信 No.118 2017年2月28日発行から転載)

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