大川原ウインドファームにより営巣地を放棄したクマタカ
地球温暖化に対する懸念が現実化した現在、温室効果ガスである二酸化炭素の排出量を減らすべく再生可能エネルギーの活用が声高に叫ばれています。再生可能エネルギーのひとつの活用法として風力発電が事業化されていますが、立地場所によっては野鳥の生息に重大な問題を起こすことが知られています(1)。
風力発電は運転時の騒音問題や景観への問題などを避けることや、年間を通じて十分な風が吹く場所を適地とすることから、しばしば山間部の稜線を事業地とすることがあります。ところが、そのような場所は森林を生息地とする鳥類の重要な生息地であり、特に希少な鳥類に悪影響が及ぶ可能性がある場合は人為的改変を回避、低減することが強く求められています。
このような森林を住処とする鳥類としてクマタカがあります。日本で見られるクマタカ Nisaetus nipalensis orientalis (Temminck & Schlegel、1844)は韓国での観察例もあるものの、日本固有の亜種と言われています(2、3)。クマタカは森林という生態系の頂点に立つ動物であるため、豊かな自然が十分になければ生きていくことができません。森林の生態系が損なわれつつある現在、クマタカは、環境省のレッドデータブックでは、近い将来に野生での絶滅の危険性が高い絶滅危惧IB類(EN)と判定されており(3)、種の保存法により希少野生動植物に指定されています。徳島県下での生息数は60羽にも満たないでしょう。
日本野鳥の会徳島県支部では、研究部が中心となって、県内に生息する希少種、とくに猛禽類について継続して調査を進めてきました(4)。その結果、風力発電事業の開始によりクマタカの営巣地が放棄された事例を報告します。
徳島市の南、佐那河内村には、標高1019mの旭ヶ丸を最高峰とする大川原高原があり、その東面に大川原ウインドファームの風力発電機15基が2009年2月から稼動しています。旭ヶ丸付近は事業地の西端にあたり、これより西側の神山町にクマタカの番い「上角谷ペア」と南側の上勝町にも別の「旭ヶ丸南ペア」の2ペアが営巣活動を行っていました(図参照)。
上角谷ペアは、1979年から繁殖が継続的に確認され、アカマツの大木には、過去に使用された古巣が新しい巣とは別に2か所ありました。既に現地での繁殖が見られなくなり、これ以上の人的攪乱の危惧はないため、営巣当時の写真を提示します。
旭ヶ丸南ペアは、2003年から繁殖確認がされ親子の営巣写真も記録されています(非掲載)。
これらのペアのいずれも、ウインドファーム西端の風力発電機より1km内にあたり、標高400m付近のアカマツで営巣していました。風力発電が稼働して2年後の2011年春から、これら2地点の営巣活動が見られなくなったことが確認されました。
なぜこれらのクマタカは営巣地を放棄したのでしょう。留鳥の大型猛禽類であるクマタカは人工物のない生息環境を好んで選択しています。繁殖時期のクマタカはヒトの存在に対して特に敏感になるため、観察者を隠すブラインドの新たな設置でさえ控えるべきだと注意喚起しています(5)。環境省によると、営巣地からおおよそ半径1kmはもっとも保全に注意すべき“営巣中心域”と考えられています(6)。今回の営巣地は風力発電の事業地から1kmと近かったことが繁殖を妨げたのでしょう。それら人工物の建設自体に加えて、風車の可動翼、風切音、機械音を嫌っている可能性があります。加えて、風力発電事業地では、年間に見られる野鳥の種数や個体数が減ることが知られており、生態系の生物多様性の劣化が起こり、クマタカにとって餌資源の減少につながっていることも考えられます(7、8)。
クマタカは初めに築いた営巣地に対する執着心が強く、事後に何かしらの問題が起こったとしても、容易に新たな土地に移動しないと記されています(5)。そのため、既にある繁殖地に対しては、人の手が入ることを回避することが最も重要です。さもなくば、営巣できない営巣地に住み続け、次世代を残すことなく寿命をまっとうして、種の絶滅に至ってしまうでしょう。
現在も大川原ウインドファームの西方、上勝・神山地区で新たな風力発電事業が始められようとしています。この地区にも2ペア以上のクマタカが生息しています。その更に西方、剣山国定公園を間近に控える天神丸・高城山地区にも風力発電ができないかとオリックス社が事業化を計画しています。ここにも6ペア以上のクマタカの生息が考えられます。これら3つの事業がすべて実行に移されてしまうと、複合的な影響もあいまって、クマタカの生息地は根こそぎ剥ぎ取られてしまう恐れがあります。事業者の英断をもって、森林の王者クマタカが安心して住める山岳地帯を守っていってほしいものです。
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