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桜並木の保存と総合治水対策を求めて

─市川市真間川流域の住民運動─

真間川の桜並木を守る市民の会 鳥居雪子

図5-1

大水害時代が到来したいま、治水対策で求められているのは総合治水への転換である。千葉県市川市を流れる真間川(ままがわ)の流域では、たいへんすぐれた総合治水対策が実施されている。これは住民運動によって実現した。総合治水対策を推進した結果、流域の浸水被害は激減した。河川沿いの桜並木も守ることができた。

◇     ◇

*桜並木360本の伐採計画

真間川は市川市の市街地を流れる一級河川だ。流域面積は65.6㎡である。真間川中流部の川沿いの桜並木を約360本伐採し、水害対策のため川幅を拡げるという県の計画がもちあがった。これを知った周辺住民は「なぜ拡幅工事が必要なのか」「なぜ桜並木が伐られなくてはならないのか」と驚き、疑問が噴出した。桜並木を守るため、住民は1979(昭和54)年、「真間川の桜並木を守る市民の会」(通称さくらの会)を結成した。

*「桜並木を残せる治水対策」を要求

水害の大きな原因は急激な都市化だった。流域の無計画な開発を放置したまま川へ雨水を集中させるだけの河川拡幅工事で水害を防げないことは当然である。水害を防ぐためには、川に水を集中させない総合的な治水対策が必要である。川だけで治水を考えることには限界があるということを私たちは主張した。

偶然にもこの年(1979年)、国は真間川流域を「総合治水対策特定指定河川」に指定した。つまり河川改修だけではなく流域全体で雨水流出抑制にとりくまなくてはならない河川であるということだ。

そこで「さくらの会」は、「桜並木を残せるような河川拡幅のない治水対策」を目標に、県に総合治水対策の推進を求めた。具体的には、上流部の緑地の保全などの保水機能の維持増進、中流部の遊水池の築造、さらに町全体での雨水貯留浸透施設の設置、透水性舗装の推進、高床式建築や各戸貯留の奨励など、雨水の河川への流出をできるだけ抑制することである。

*“治水も環境も大事”を訴えつづけた

県(真間川河川改修事務所)や市川市とひんぱんに話しあった。はじめのころは県と激しいやりとりがつづいた。

「さくらの会」は、桜並木を伐採しない治水対策をなんども提起した。一方で、住宅街の中にある貴重な緑の役割や、河川空間・景観の価値、都市の中の自然と人とのかかわりの重要性を訴えた。こうしたとりくみは、多くの方々から支持された。桜並木の保全を求める要望を市川市長が県に伝えるという状況までいった。

ところが1981(昭和56)年10月に台風24号が襲来し、真間川流域は大水害にみまわれた。この水害をきっかけに、真間川は国の河川激甚災害対策特別緊急事業に指定される。河川改修工事が急速に進められることになった。

写真5-1
1981年台風24号の水害の様子

「さくらの会」にとってはいちばんつらい時期であった。新聞は、「治水か桜か」「安全か環境か」という二者択一の短絡的な見出しを掲げた。被災市民の間に「桜なんて言ってられるか」という感情をあおる役割をはたした。それでも、「さくらの会」は“治水も環境も大事”を訴えつづけた。

*総合治水対策の推進を求める

翌1982年も大雨で水害が発生し、河川改修工事が急がされた。そういう時間的制約のなかで、「さくらの会」は次の条件を得ることで桜並木の約半分の伐採にやむなく同意した。

①計画区間の残り半分は拡幅せず、桜並木約180本は保全する

②改修区間の河川環境や流域対策について県と話しあいをつづける

たいへん苦しい選択であった。

1981年の大水害は次のことを私たちに教えてくれた。水害対策は単に河川拡幅工事に頼るのではなく、流域全体での雨水流出抑制を図ることが大切である。都市計画、つまりまちづくりを視野に入れた根本的な総合治水対策が必要、ということである。そこで私たちは、「桜の死をムダにしない総合的な治水対策を求めつづける」「河川環境については水と緑と土にこだわりつづける」の2つを柱にして活動をつづけた。

*桜並木の半分を保存し、残り半分は復元

1982(昭和57)年の第1回伐採以降、前述の2つの条件にそって行政と話しあいをつづけた。話しあいは1996年までの15年間で約150回におよんだ。

改修区間では、川沿いに桜並木を復元することを求めた。当時、桜のような高木(こうぼく)は川側には植えられないという規則があった。

あるときは、工事をストップさせて納得のいくまで話しあった。時間と予算と河川構造など、多くの制約がある中での話しあいであった。私たちは、10センチの土にこだわり、1本の木にこだわり、話しあいを重ねた。建設省(現国交省)にも働きかけた。そうこうするうちに、建設省が川側への高木植栽を認める通達をだした。

私たちは、なぜ土が大切か、なぜ緑が大切か、をていねいに説明しつづけた。言葉だけでなく、絵や図面を描いて河川改修の対案を提示した。そのうちに、行政の担当者も少しずつ理解するようになった。県が設計を委託するコンサルタントも話しあいの場に同席してもらった。私たちの意図や対案をコンサルタントに直接伝えるためである。

話しあいの結果、改修区間では桜並木が復元されることになった。残り半分の区間では、現存の桜並木を残したまま河床(川底)を掘削することになった。これらの河川改修においては、「さくらの会」が提案したイメージ図がかなりとりいれられた。

行政との話しあいで重要なことは、言うべきことはきちんということである。遠慮したらダメだ。相手に困ってもらうことが必要である。

行政も、ほんとうに困れば、なんとか考えざるを得ない。困って、困って、やっと行政側の本音がでてくる。そこから本当の話しあいが進む。私たちは、桜並木を守る運動のなかで、このことを実感した。

写真5-2
河川改修前の春の桜並木=1981年頃、光フォト撮影
写真5-3
桜を保存して河川改修した区間

*総合治水対策が進む

行政との話しあいでは治水対策のあり方も大きなテーマとなった。

私たちは、治水対策はどうあるべきかという根本的な問題からとりくんだ。日本の河川改修やダム建設をみると、「治水」という大義名分のもとに同じことがくりかえされている。治水にとってそれらは根本的な対策になっているのか、本当に必要なのか、ほかに方法はないのか、ということを常に問いつづけなければならない。

私たちは、行政の治水対策を常に見直し、まちづくりと水循環の視点から真間川流域全体をみすえた対策を提案しつづけた。その結果、真間川流域では遊水池の整備も進んだ。大柏川第1調節池と国分川調節池は完成した。大柏川第2調節池の予定地も用地買収が進んでいる。市川市は貯留浸透を進めるための「雨水条例」をつくった。公共施設や家庭での雨水貯留浸透施設の整備・設置も進んでいる。

遊水池(調節池)の計画にあたり、市川市は最初、スポーツ施設などをつくりたがった。これに対し、私たちは生態系に配慮したものとすることを要望しつづけた。「多自然」「多様な生態系」「湿地確保」を目標とし、多くの動植物が生息する豊かな地とすることを求めた。

その結果、大柏川第1調節池(面積16ha、貯水能力25万4000m3)は、「調節池」と同時に、「自然環境の保全・復元」や「動植物に触れ合える環境学習の場」も兼ねることとなった。調節池の緑地内では、散策したり、野鳥や昆虫などの生き物観察をしたりすることができる。

写真5-4
真間川流域の総合治水対策の一環で整備された大柏川第一調節池(市川市)。住宅密集地域の浸水被害防止で大きな効果を発揮している。ふだんは「動植物に触れあえる環境学習の場」(湿地)として利用されている。野鳥観察会も開かれている

*今後の課題

「さくらの会」は結成から40年がたった。会員は高齢化している。このようななかで、「さくらの会」の活動をどう引き継いでいくかが大きな課題となっている。

ひとつは、真間川流域の総合治水対策をよりいっそう推進することである。河川法が改正されて以降、河川行政は「市民参加」とか「多自然川づくり」「総合治水対策」などの言葉を盛んに使うようになった。しかし、その内容や実態をみると、がっかりするようなことが多い。市民が河川行政に関心をもち、言うべきことをいい、積極的に提案していくことが重要だ。

もうひとつの課題は、桜並木を次世代に引き継ぐことである。桜並木の保存は総合治水対策の象徴である。私たちは、単なる桜並木の愛護団体ではない。総合治水対策や景観保全、まちづくりと一体で桜並木の保存を求めている。

このように真間川流域の総合的な治水対策をよりいっそう推進することとあわせ、桜並木を次世代に引き継ぐことが課題となっている。なぜなら、すばらしい桜並木があったおかげで私たちは治水対策に関心を持つようになったからである。

*大水害時代の到来

問題なのは、ここ数年の大水害発生である。今年は、秋の台風15号、19号、そして21号によって大きな被害が発生した。とくに19号と21号では、大河川から中小河川まで越水、堤防決壊、内水氾濫などが多発した。

いま、大水害時代到来といわれている。地球温暖化により台風の強度が増すだけでなく、同じ所に豪雨が降りつづく傾向にあるという。その頻度が増している。さらに、地球温暖化による影響がヒートアイランド現象で悪化しているという。

真間川流域は65.6k㎡と小さい流域だが、1時間あたり50ミリ(7.5年に一度の降雨確率)の降雨に対する改修工事が着手から40年経ってもまだ終わっていない。土地の買収を伴う河川拡幅工事はとにかく時間とお金がかかる。その間に大雨の頻度が5年に一度、3年に一度と増していく。

40年かかわって思うことは、河川改修より地球温暖化のスピードのほうが早いのではないかということである。100年はあっという間だ。

大雨の原因である巨大な台風や集中豪雨の発生の元凶は地球温暖化である。これをそのままにしておくより、まず地球温暖化防止に積極的にとりくんだほうが早いと思う。

河川によっては堤防の強化やかさ上げしかできないところもあるかもしれない。だが、堤防の工事は上流から下流までつながっていなければ役に立たない。破堤すれば被害は甚大となる。

地球温暖化の防止へのとりくみと同時に、ダムや川に頼る治水対策、つまり一気に流す対策ではなく、いろいろな対策を組みあわせて、できるだけ川に負担のかからない雨水の時間差排出を図る対策にとりくむ必要がある。それには流域をできるだけ小さな流域界でわけて、自分たちの地域で降った雨はできるだけ外へ出さないようにする。そうすれば川への負担も少なくなるはずだ。ようするに流域対策を充実させることが大事だ。

「1時間100ミリの雨の対策は流すしかない」「流域対策は大河川には役に立たない」という声が聞こえてきそうだ。だが、そのような本物の総合的な治水対策をまちづくりのなかに積極的にとりいれなければ、水害は激化する一方だ。

(JAWAN通信 No.129 2019年11月30日発行から転載)

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