小規模湿原(プチ湿原)を考える
日本の湿原の特徴のひとつは、多様な地形・気候と相まって、狭い国土に多様なタイプと様相の湿原を有していることである。その多くは低平地に位置し、人の暮らしと近い距離にあって常に撹乱や消失を受けやすい状況にある。それらの大半は規模の小さい湿地(プチ湿原)であると推察される。現在、他の研究者と連携し、日本各地のプチ湿原(約20か所)の事例調査を進めている。その一部を紹介したい。
◆小さな湿地ほど劣化しやすい
日本は国土は狭いが、多様な自然がたくさんある。湿原に着目してみても、いろんなタイプの湿原がある。人と湿地との関わり方も様々で、それが日本の湿地の特徴のひとつだと考える。
環境省は2001年、重要湿地として500か所を選んだ。「日本の重要湿地500」である。それを2016年に見直し、重要湿地を633か所に増やした。これらの重要湿地のなかには、湿地群としていくつかの湿地をまとめたものもある。湿地群のなかの個々の湿地を数えると、湿地の数はもっと多い。
重要湿地を見直す際、環境省は961か所の湿地の変化を分析した。分析結果をみると、「あまり変化がない」というのは3割弱だ。その一方で、「悪化傾向にある」が半分を超えている。悪化傾向にある湿地の多くは、規模が非常に小さいものと推察される。
日本は山岳の国で平野部に湿地がたくさんある。同時に平野部は人間活動が非常に盛んなので、どうしても人間と自然との軋轢が生じやすい。とくに小さな湿地は開発の対象になりやすく、人間の影響をうけて劣化しやすい状況にある。その結果、小さな湿地の悪化が進んでいるのではないか。
規模の大きな湿地は、保護区や自然公園、天然記念物などの法的な保全が比較的されている。だが、規模の小さいプチ湿原は保護対象になっていないものが多くあり、人間による攪乱の影響をうけやすい。
小さな湿地といえども、それぞれの地域の個性とか特性を映し出しているものがたくさんある。植物もそうだし、地形とのかかわりもそうだ。小さな湿原であっても地域の自然資源として大事にしようではないか、という認識が高まっていると感じる。
しかし、小さな湿地は法律に委ねる保護には必ずしもなじまない。広域的な一律の基準や価値の尺度に委ねるというのは必ずしもなじまないと考える。
それではどうやってそのような小さな湿原を守ったらいいのか。そのことを何人かの研究仲間と考えている。いまはまだ、どうしたらいいかという段階までは達していない。その途中の話をさせていただきたい。
*越後沼湿原
私は小規模な湿原をプチ湿原(petit)と称している。これは私の造語で、「そこに立つと湿地を独占した気持ちとなる小規模な湿地」と定義している。
全国にはプチ湿原がたくさんある。だが、あまり知られていないものが多い。
北海道にもプチ湿原がたくさんあるが、どれも風景がちがう。たとえば、江別市にある越後沼湿原だ。越後という名は、新潟の人たちが入植した歴史に由来する。近くの神社と越後沼をむすぶ道がある。地域の人たちが小さな社から沼に続く道の草刈りを毎年行っている。道をきれいにし、神様が沼との間を行き来できるようにしている。このように人びととかかわりのある湿原が北海道にけっこうある。
*月ヶ湖湿原(北海道月形町)
北海道月形町の月ヶ湖(つきがうみ)湿原では、近くのローカルな駅前の食料品屋が「月ヶ湖学術自然湿地帯」という名の油揚げを手作りしている。正式な名称は「月ヶ湖学術自然保護区」だが、このネーミングになぜか惹かれる。このように、プチ湿原が地域の人たちにも利用されていて人々とのかかわりが感じられる。
*惣ヶ池湿原(大阪府和泉市)
東北から中部にかけても、プチ湿原がけっこう多い。住宅地のまわりにもある。たとえば大阪府和泉市にある惣ヶ池(そうがいけ)湿原だ。ここはまわりが完全に住宅地となっているが、もともと自衛隊演習地であったため開発を免れ残った。そんなところに湿原があるとは、現地に行ってみないとちょっと想像できない。このような湿原が全国の思わぬところに見られる。
◆プチ湿原をどう守るか
小規模な湿原を私たちはどうやって守っていけばいいのか。それを一緒に考えたいということで、事例をいくつか紹介する。
*成東湿原(千葉県山武市・東金市)
かつて千葉県には内陸湿地がたくさんあった。とくに九十九里平野には多かった。しかし、いまはほとんどなくなってしまった。残っているのは数か所程度といわれている。そのなかのひとつが成東湿原だ。この湿原は山武市と東金市にまたがるところにある。
成東湿原は大正9年(1920年)、日本で最初に国指定天然記念物に指定された。天然記念物ができてからちょうど100年たつ。興味深いのは、堤防の防備や補修のための砂取り場や芝はぎ場としてつねに撹乱されてきたことだ。地表面が常に撹乱された。その結果、大型植物で占められる環境は持続しなかった。
その一方で、小さな植物が生きていける環境が撹乱によって維持されてきた。人間のかかわりがなければ維持されなかったという湿原だ。食虫植物などがかなり残っている。
しかし、放っておけばいいかというと、そうはいかない。成東湿原では、保全のためにいろいろな手をうっている。たとえば、湿原の水位が下がらないように、隣接する川からポンプで水を導入している。川の水質と湿原の水質はちがうので、どちらかというと、湿原の水位を底上げをしているという印象だ。水が抜けないよう床の役割として水位をあげている。湿原の真ん中に水路があり、その水路の水位を高く保つことによって水が抜けにくくしている。さらに、まわりから生活雑排水が入ってこないよう、その対策として迂回水路をつくっている。
成東湿原では、地域の人たちが「愛土会」や「成東・東金食虫植物群落を守る会」をつくって湿原の手入れや解説活動などをしている。食中植物の増殖試験や表土の剥ぎとりもおこなっている。このような地域の取り組みによって湿原が維持されている。
*八幡湿原(広島県北広島町)
次は広島県北広島町の八幡湿原だ。じつは八幡湿原という名の湿原はなくて、小さな湿原が6か所ほどある。それらを総称して八幡湿原と呼んでいる。6つの湿原はそれぞれ個性的な風景をしていて、それがとても興味深かった。昔は、ここに古代八幡湖というのがあった。何 万年か何十年も前だ。そういった湖の名残りではないかと思われる。
ここでは教育委員会が関わりつつ、有志が「西中国山地自然史研究会」を作って1995年に活動を始め、いまはNPO法人になっている。この団体が、調査研究と保全活動(普及啓発を含む)を両輪として活動を持続的に進めており、大変優れた活動をしている。情報発信も活発におこなっていて、いくつかの種類の機関誌も発行している。
こうした市民活動の結果、2004年に自然再生協議会が発足し、自然再生活動も実施している。その一環として、水路の上流部に取水堰や導水路をつくり、湿原に広く水を行き渡らせる取り組みなどをしている。
*山門湿原(滋賀県長浜市)
滋賀県長浜市に山門(やまかど)湿原がある。ここでは1980年代くらいから活動が始まり、歴史のある活動をしている。90年代には、本格的な活動がはじまった。昨年訪ねた際、多くの活動をしていることを知り、自分自身まだまだ知らない湿原や保全活動があるということを改めて実感した。
ここはもともとゴルフ場計画があった。それがきっかけとなって、ここを守ろうではないか、ここに関心をもって大事にしようではないか、という気運が高まった。最終的に滋賀県が公有地にし、周辺の森林を含めて「山門水源の森を次の世代に引き継ぐ会」によって利用のための最小限の整備と、保全のための様々な取り組みがおこなわれている。ここでも、広島県の八幡湿原と同じで、保全と調査が両輪となり、地域の人々が中心となって持続的な活動を続けている。
また八幡湿原と同様、調査研究の報告書をまとめたり、様々な本を出版したり、普及用の冊子を作ったり、機関誌をホームページにアップしたりと、精力的な活動をしている。有料ガイドを設けたり、貴重な植物を増やして移植するという活動もしている。2008年、県条例で「山門湿原ミツガシワ等生育地保護区」に指定された。水源涵養保安林にも指定されている。一方で、シカやイノシシが湿原を荒らすために、柵を作るなどの作業に取り組んでいる。
*キウシト湿原(北海道登別市)
北海道登別市のキウシト湿原は住宅地に囲まれている。湿原も住宅地にする予定だった。しかし、湿原をなんとか残したいという
地域の有志の人たちがいた。その人たちが登別市役所と交渉し、その自然を残して活かそうというプランを提案した。市役所が都市計画制度を上手に活用して、市民と一緒に保全計画を作り実現に取り組んだ。ここには数十人かの不在地主がいたが、市職員が全ての地権者に当たって買い取った。
いまは公有地化してビジターセンターを作り、木道や観察台を整備し、調査に基づいて湿原を復元する取り組みなどを進めている。ビジターセンターはNPO法人が管理している。
市街地に囲まれているということで、水質などの重大な問題はあるが、調査を続け、調査結果に基づいて保全対策を市に提案し、市民と行政が一緒に活動を進めている。
ここを残したことによって、まわりの住宅地の居住価値が高まったと言える。都市計画制度を用いて湿原保全に取り組んだという点では、日本でも珍しい事例だと思う。広くは知られていないが、他の地域で取り組む人々にぜひ知ってもらいたい成功事例のひとつである。
◆プチ湿原を守るために
いくつかの例を調査し、小規模な湿原をどうやって守っていけばいいかということを考えてみた。重要なこととして、つぎの5項目をあげてみた。
①地域住民の理解と参加
地元の人たちに理解してもらい、いろいろな活動に参加してもらうということだ。これがいちばん大事だと思う。
②持続的な活動とかかわり
活動を続けていくことも大事だ。持続していくためには、必ずしも地元の人だけではなく、周辺の都市の人や、遠くから関心をもって来られる人たちも大事になってくる。
③広い視点からとらえる
その湿原のことだけを考えるのではなくて、人との関わり方も含めてユニークな特徴や個性があるということを周囲との関係など広い視点から捉えていくことも大切だ。
④湿原の価値を言葉にし、実感する
どういう価値をもった湿原なのかということを、価値という観点でそれを言葉にして実感する。ちょっと聞き慣れない言葉でいうと「生態系サービス」である。湿原にはいろいろな価値があり、洪水のときに水を貯めるなど、直接人間に作用する価値もある。それを言葉にあらわすことが大事だと思っている。
⑤ほかの地域の活動とつなげる
この点は、プチ湿原を調査していてとても感じたことだ。八幡湿原(広島県)も山門湿原(滋賀県)もキウシト湿原(北海道)も、そこでどのような保全活動がされているかは、あまり知られていない。しかし、ほかの地域のお手本になることがたくさんある。そんなことができる、上手く実現しているということをもっと多くの人に知ってもらうことが大事だ。小さな湿原をどうやって守っていったらいいのか。そのことに迷っている地域やグループの人たちにいろいろな示唆を与える、成功事例を与えるという意味がある。私たちが調べたことをいずれ全国で活動している人たちが共有できるようにできれば、と考えている。
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現在、愛知学院大学の富田啓介講師と、長崎大学の太田貴大准教授と一緒に、いろいろな事例を調査し整理している。保全に関するものや生態系サービスに関わるものなど、いくつかの項目を設定してまとめるべく進めているところである。
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