水害に強いまちづくりを地域ぐるみで推進
生命(いのち)にぎわう湿地環境も創出
─静岡県の巴川流域総合治水事業を学ぶ─
日本湿地ネットワークや「豪雨から茂原・長生の住民を守る会」などのメンバーは2020年10月28日、巴川流域総合治水事業の聞き取りと現場見学をおこなった。参加者は7人。この事業は静岡県の静岡土木事務所が地域ぐるみで推進している。水害対策の手本となる先進的なとりくみだ。水害を激減させている。生命(いのち)にぎわう湿地環境も創出している。
◆降った雨を流域全体で処理する
巴川は静岡市を流れる二級河川である。巴川流域総合治水事業について、静岡土木事務所は次のように話してくれた。
総合治水というのは、放水路や遊水地など、あれもこれもたくさんやっているから総合ということではない。堤防やダム、遊水地といった河川施設だけで洪水を処理するということでもない。降った雨を流域全体で処理するというのが総合治水の考え方だ。たとえば小学校の校庭の地盤を下げると、降った雨がそこにたまり、水が川へでていくのを抑制できる。
巴川流域総合治水事業では、流域を3つの地域に分類している。保水地域、遊水地域、低地地域である。
保水地域は山林だ。「山はスポンジ」と言われている。山が健全な状態であれば水をたくわえてくれる。水をたくわえると流れ出る水の量が減る。
遊水地域は、降った雨や、川、水路から流れてくる水を一時的に貯留し、河川の負担を軽くする。そうした機能を備えている地域だ。昔は静岡市内にも田んぼや畑が多くあった。田んぼには畦(あぜ)があるので、降った雨がそこにたまる。川に流れ込む水の量を減らしてくれていた。それを昔のようなかたちでずっと続けるということだ。
低地地域は、川沿いの低い市街地のような地域である。浸水被害が生じやすいため、貯留施設や内水排除施設の整備などをおこなう。このように流域全体で水を処理するというのが総合治水の考え方である。
◆事業の内容
1960年ごろからの開発、とくに都市化の急速な進展は、雨水の流出をやわらげる役目を果たしていた森林や田畑の多くを道路や宅地に変えた。降った雨の大部分を一挙に河川へ流れこませ、洪水量(ピーク流量)の増加をもたらした。その結果、河川改修だけでは対処が困難なことから、流域内の土地利用計画の適正化を図るとともに、遊水地や雨水貯留施設をつくるなど、総合的な治水対策を流域ぐるみですすめている。
1974年7月の集中豪雨で巴川流域は甚大な被害が発生した。浸水家屋は約2万6000戸におよぶ。これをきっかけに1978年度、国が創設した総合治水対策特定河川に指定された。これは、河道改修などのハード対策とともに、適正な土地利用の誘導、開発に伴う流出増の抑制などソフト面での対策を並行してすすめ、流域全体で洪水の軽減を図ることを目的としている。巴川流域総合治水事業は3つを柱としている。①本川下流部の改修による流下能力の増強、②大谷川放水路の建設による洪水時の分水、③多目的遊水地の整備による洪水調節、である。
◆「日本の重要湿地500」に指定
多目的遊水地は中・下流部へ流れこむ川の水を減らすことが目的だ。洪水の軽減を図るとともに、洪水時以外は湿地や公園などとして利用している。麻機(あさはた)遊水地と大内遊水地がある。
麻機遊水地は広大だ。約200haもある。5つの工区のうち4つの工区が完成している。地役権設定と買収のどちらを選ぶかを地権者に聞いたところ、農業の後継者がいないなどの理由ですべて買収を要求された。住宅はなかった。遊水地の一部は公園になっていて、公園部分の半分は静岡市が購入した。
遊水地では、整備によって池沼部が形成され、魚類や水生昆虫が生息するようになった。これらを餌としたり水辺を休息の場として利用したりする野鳥も多く飛来するようになった。遊水地でこれまで確認された野鳥は200種以上におよぶ。かつての浅畑沼に生育していたアシやガマの群落も多く見られる。造成工事で埋土種子が掘り起こされた場所では、水田や沼に生育していた湿地性植物もよみがえった。これまで確認されている植物は約600種におよぶ。その中には国や県が絶滅危惧種に指定しているミズアオイやタコノアシも含まれる。2001年には、環境省が全国最大級のミズアオイの自生地に指定した。絶滅危惧種が多いことから、「日本の重要湿地500」(生物多様性の観点から重要度の高い湿地)にも指定した。
大内遊水地の面積は12.5haである。
◆人と生きものの共生をめざす
麻機遊水地で多様な生きものが復活している実態をふまえ、「巴川流域麻機遊水地自然再生協議会」(現:麻機遊水地保全活用推進協議会)も設立された。NPO法人や専門家、遊水地周辺の住民などの発意によってである。
協議会は、生命(いのち)にぎわう湿地環境や「人と生きものの共生」をめざし、人の利用空間、生き物の成育・生息環境、地域との関わりや景観など、遊水地の自然環境のあり方を検討している。協議会は地域の多様な主体によって構成される。希望した人はだれでも委員として受けいれている。
◆雨水貯留施設は56万m3が整備済み
雨水貯留施設は、雨水を一時的に公園や校庭、駐車場などにため、河川への急激な流入を抑制するものだ。計画は800か所である。2013年3月時点で約56万m3が整備済みだ。流域全体でさらに30万m3の整備をめざしている。
◆浸水被害が激減
事業は大きな成果をあげている。2004年の台風8号のさいは、1998年の台風5号時と比べて2倍近い降雨があったにもかかわらず、浸水戸数を2分の1以下に減らすことができた。
静岡県は、洪水に対する安全度をさらに向上させるため、流域住民の意見や参画を得ながら水害対策の推進にとりくんでいる。
参加者はこう要望した。
「たいへんすぐれた治水事業だ。感激した。このような対策を全国で推進すれば浸水被害が激減する。しかし巴川流域総合治水事業はあまり知られていない。宣伝にも力をいれてほしい」