市原市瀬又 奇跡の谷津田
―開発危機と背中合わせの首都圏の秘境―
1.瀬又の谷津田について
JR外房線誉田(ほんだ)駅前の大網街道と交差する日吉誉田線を南に2キロほど進むとNTT瀬又局があり、その道の両側に樹枝状に広がる谷津田がある。この一帯は瀬又という地名だ。瀬又という地名は、瀬又層という地層が露出している場所でトウキョウホタテなどの化石が採取できることで知られている(現在、化石の露頭はがけ崩れ等のため近寄れない)。また、近くを流れる村田川は鯉のぼりの季節には川に無数の鯉のぼりが泳ぐスポットとしても有名だ(図、写真1)。この周辺の村田川上流域と、支流の村田川右支川周辺には樹枝状に谷が形成されている。ほとんどの谷は田んぼとなっており、この一帯によく見られる谷津田の風景だ(写真2)。
2.谷津田が育む豊かな生態系
田植えの季節になると、周辺の斜面林の新緑が田んぼに写り、とても美しい風景が広がる(写真3)。斜面林の中では、キンラン、ササバギンラン、ジロボウエンゴサク、シュンラン、イチリンソウといった里山の植物が多数見られる。誰一人歩いていない林の中でこういった野草の群落に遭遇すると、まるで秘密の花園といった様相だ。このあたりの谷津田は谷に湧く水を引き込んでおり、土の水路にはホトケドジョウが泳ぎ、田んぼはニホンアカガエルやアズマヒキガエル、シュレーゲルアオガエルといった両棲類の楽園でもある。田んぼの土手にはコケリンドウが咲き、春の田植えの時期にはシュレーゲルアオガエルの大合唱に包まれる。谷津田の周辺の水はヘイケボタルを育み、ハラビロトンボといった希少なトンボも飛翔する。千葉県レッドデータブックでAランクの最重要保護生物であるサシバやフクロウ、ノスリといった猛禽類を頂点に、様々な鳥類が生息している(写真16)。時には、タヌキに出会うこともある
3.周辺の開発と残された谷津田
1990年代からこの周辺では大規模な宅地開発が行われており、なかでも誉田駅の隣の鎌(かま)取(とり)駅周辺を中心にURによる「おゆみ野・ちはら台」の宅地開発により多くの谷津田が失われた(写真18)。また、瀬又周辺には2000年頃に市東第一土地区画整理事業という大規模開発計画があり、周辺の谷津田は多くが失われる危機にあった。しかし、その後土地価格の下落等により計画の目途が立たなくなったことから、2005年に事業は断念され、市街化調整区域に編入されたことで、貴重な谷津田が残ることとなった。
4.谷津田の現状の課題
近年、この瀬又周辺の谷津田は、耕作者の高齢化などに伴って耕作放棄地が急増している。耕作放棄地の急増と同時に、イノシシやアライグマといった、従来はこの周辺に生息していなかった動物が侵入し、農作物への被害が拡大している(写真19)。このような侵入動物の獣害によって、さらに耕作放棄地が増えるという悪循環がある。耕作放棄された谷津田は産業廃棄物や残土の埋め立てといった環境破壊に直面しているところも多い。しかしながら、残土埋め立てなどによる環境破壊は、谷津田が育む豊かな自然を破壊するだけでなく、土砂崩れなどの災害をもたらす原因ともなる(写真20)。
5.奇跡の谷津田を未来に残したい
瀬又の谷津田は、古来よりそこに生息する生き物たちの生態系をしっかりと残しながら維持されてきた貴重な場所である。過去に何度かあった大規模開発計画も断念されて残ってきたことはある意味奇跡である。近年の耕作放棄やそれに伴う埋め立てなどの土地の改変の危機がある中で、この貴重な場所の価値を再認識し、放棄された谷津田の再生や自然教育の場としての活用を進めたい。まずは、この場所の貴重さを多くの人に知ってもらいたい。そのためには、ここに生息する生き物の調査や、谷津田の地形や村田川の本支流周辺の水系がそれらの貴重な生き物の生息にどのように寄与しているのかといった、基本的なこの場所の生態系の成り立ちをしっかりと調査し、理解する必要があると考える。
わずか20年余りの間にこの地に起った様々な危機を乗り越えながら残ってきた瀬又の谷津田。近年は耕作放棄により風景は急激に変わってきたが、その地形、水系が生むこの場所の貴重な自然を残すために、何が出来るか、私たちはあらゆる面から模索し、実行していく必要がある。この奇跡の谷津田を未来に残したい(写真21)。