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優良漁場をつぶす洋上風力発電

~千葉県いすみ市沖 漁師が「待った」~

政府は、洋上風力発電を再生可能エネルギー推進の切り札として位置づけている。だが洋上風力も問題が山積している。漁業への影響も大きい。千葉県のいすみ市沖では、大切な優良漁場がつぶされるとして漁師たちが猛反対している。

(中山敏則)

◆候補地は日本有数の優良漁場

政府は、いすみ市沖を洋上風力発電促進の有望地域に指定した。候補地には磯根(沿岸の岩礁域)が広がる。海藻が生い茂る岩礁である。魚のすみかとなっている。広さは東京ドームのおよそ1800個分。日本有数の優良漁場である。風力発電の建設によってそこがつぶされると、漁師にとっては死活問題となる。そのため、候補地で漁を営んでいる鴨川市の漁師たちは猛反対している。

元東邦大学教授の秋山章男さん(故人)は、九十九里浜自然誌博物館を主宰していた。いすみ沖や南九十九里浜の生態系に造詣が深かった。秋山さんは、いすみ市の沖合に広がる磯根を「いすみ根」と名づけた。こう述べた。

「いすみ根は、水深10~20mの起伏豊かなところにカジメの林が海の里山のように広がっている。海中林というべきものである。1本のカジメの根には、数百もの生物が棲みつき、それらがいすみ根の生物を支えている。いすみ根は日本有数の漁場となっている。北上する暖流の黒潮と南下する寒流の親潮がぶつかりあうところである。そのために良好な漁場が形成され、多種多様な魚介類が生息している。イセエビ、サザエ、アワビ、タコ、イシダイ、イワシ、アジ、タイ、ヒラメ、イナダ、スズキ、ウマヅラハギ、イサキ、フグ、ホウボウなどである。漁師にとって、いすみ根は重要な漁業資源となっている。いすみ根を『銀行』と呼んでいる漁師もいる。『元金』に手を付けずに『利息』だけでやっていけるからだ。私は南九十九里で1000種類の生きものを確認している。その南九十九里生態圏ともいうべき圏域の根幹をなすのがいすみ根である」(『JAWAN通信』第112号)

元東邦大学教授の秋山章男さんが作成

◆反対漁協を協議会から排除

千葉県の外房には15か所の漁港がある。そのなかで、鴨川漁港はいちばんの漁獲量を誇っている。鴨川漁港を拠点とする鴨川市の漁師たちは「いすみ根」で巻き網漁をおこなっている。獲るのは、ブリやサバ、イワシなどの青魚だ。

その優良漁場が洋上風力発電の候補地になっている。風車の数は三十何基と予想されている。洋上風力発電が建設されると、ここを重要な資源としている漁師たちは大打撃を受ける。そのため、鴨川市の漁師たちは洋上風力発電事業に反対している。

政府は、風力発電設備ができることで利害関係が発生する漁業者を協議会によぶことを義務づけている。ところが、いすみ市沖の洋上風力発電事業を話しあう協議会に鴨川市漁協はよばれなかった。

協議会の名称は「千葉県いすみ市沖における協議会」。政府と千葉県が共催し、第1回会合が昨年2月に開かれた。そこによばれたのは、候補地で漁をおこなっているほかの漁業協同組合(夷隅東部漁協、御宿岩和田漁協)と県漁業協同組合連合会だけだった。

この問題を今年3月12日放送のBS-TBS「噂の!東京マガジン」が「噂の現場」でとりあげた。鴨川市の漁師たちは協議会からの排除を批判し、こう訴えた。

「私たちは、洋上風力発電の候補地となっている海域で巻き網漁を営んでいる。巻き網漁に従事する漁師はおよそ150人である。40代、50代という働きざかりの漁師たちも数多くいる。みんな若くて、漁業をつづけようと張りきっている漁師が多い。巻き網漁は5隻ぐらいの船団を組んでやっているから、従業員も1船団あたり30人ぐらいいる。洋上風力の候補地となっている区域は本当にいい漁場だ」

「利害関係人の意見を広く聴取すると聞いていたのに、私たちは協議会のメンバーからはずされた。洋上風力発電の建設にあたっては漁業者の同意が必要となっているのに無視されている。私たちはそのことに怒っている」

千葉県はなぜ鴨川市漁協を協議会によばなかったのか。番組の取材にたいし、県は答えた。

「鴨川市漁協は、洋上風力発電候補地での操業実態など利害関係があることを認定するに足る客観的な情報がない。そのため、協議会の構成員には含まれていない。当該区域で操業していることを示す客観的なデータの提出を鴨川市の漁業者に依頼してきたが、提出がなかった」

鴨川市の漁師たちは反論する。

「納得いかないというか、びっくりしている」

「操業実態がないと県は言うが、私たちがそこで操業しているデータはきちんととってある。県から聞かれたさいも説明した」

その記録データを番組で見せてくれた。

◆漁協と漁師の間に温度差

番組の取材ではこんなことも明らかになった。

協議会には、夷隅東部漁協と御宿岩和田漁協が出席した。両漁協は、候補地を漁場として利用する頻度が落ちたので、風力発電事業への協力を前向きにとらえているという。風力発電事業に協力すれば協力金みたいのが入ってくるから、そっちのほうがいいとの選択もあるという。

だが、両漁協に所属している漁師たちが同じ考えかというと、そうでもない。漁協としては賛成だが、現場で働いている漁師からは、それはちょっとな、という反対の声もでている。

「優良漁場となっている岩礁(磯根)ではなく、鴨川の方に候補地をずらすことはできないのか」との問いにたいし、番組はこんな取材結果を示した。

「鴨川のほうは砂地だ。岩礁ではない。砂地で洋上風力発電を建設すると、もっと深く基礎工事をおこなわなければならない。岩礁でないと魚が集まらないが、岩礁でない区域では風力発電の建設がたいへんになる。洋上風力発電は国策なので千葉県も推進したい。いすみ市の沖は岩礁であり、建設しやすいということで候補地に選んだ」

洋上風力発電にくわしい海洋物理学者の河野時廣さんも番組に登場し、こう指摘した。

◆風車の建設しやすさで候補地を選定

「政府は再生可能エネルギー(再エネ)を推進している。だが、風力発電の比率は小さい。比率を上げようとすると、今は1基あたりせいぜい2000~4000kWなので、沿岸を風車だらけの状態にしないと石油・石炭火力発電に代わる発電所はつくれない」

いま稼働している洋上風力は秋田県沖の33基だけである。政府は、2030年までに洋上風力発電で1000万kWをまかなうとしている。2500基の洋上風力を新たに建設することになる。そうなれば、各地でさまざまな問題をひきおこす可能性がある。沿岸漁場にも大きな影響がでる、と専門家は言う。

秋田県沖は「洋上風力銀座」と呼ばれている。昨年12月から今年1月にかけて33基の商業運転がはじまった。洋上風力発電の受け入れ賛否をめぐって漁師は揺れた。3分の1近くの漁師が反対した漁協もあった。しかし「魚がとれなくなる心配はあるが、風車が建って補助金をもらいながら漁をする方がプラス」と説得され、賛成に傾いていった。とはいえ、補助金は関係自治体や漁協間の配分など未確定な部分が多い。地元では、政府や大企業との慣れない会議や接待に戸惑う声も漏れるという(『毎日新聞』2023年4月13日)。カネと接待による懐柔である。

◆危機に瀕する沿岸漁業

洋上風力を2500基も新設すればどうなるのか。日本の沿岸は風車だらけになる。沿岸漁業は大打撃を受ける。日本の食料自給率はますます下がる。自然や景観の破壊も進む。

風力発電は不安定である。風が弱かったり強すぎたりすると発電できない。洋上風力発電を2500基整備したとしても、電力の安定供給は不可能だ。現に、昨年3月と6月の電力ひっ迫では風力発電はほとんど役に立たなかった。そこでバックアップ用として火力発電所が必要となる。風力発電は必然的に二重投資となる。

メディアや政党、消費者団体、さらに市民団体などの多くは再エネ過信に呪縛されている。そのため、風力発電の本質的な弱点や漁業への影響などには目を向けない。今年4月3日の『東京新聞』は、洋上風力の野放図な推進を後押しする記事をデカデカと載せた。記事のタイトルは「急げ!洋上風力発電」である。沿岸漁業が危機に瀕していることを黙殺し、洋上風力を手放しで称賛している。なんとかしなければ、と思う。


JAWAN通信 No.143 2023年5月10日発行から転載)