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瀬戸内法 施行50年

生物多様性から瀬戸内海の健全性を検証する

環瀬戸内海会議 共同代表 湯浅一郎・阿部悦子

◆「昆明・モントリオール生物多様性枠組」と瀬戸内法施行50年

2022年12月19日、モントリオール(カナダ)で開かれた生物多様性条約第15回締約国会議は、「昆明(クンミン)・モントリオール生物多様性枠組」(=ポスト愛知目標)に合意しました。

同枠組は、2050年までの長期ビジョン「自然と共生する世界」と、そのため2030年までに「陸と海の少なくとも30%を保護区にする(30by30)」、「劣化した陸と海の生態系の少なくとも30%で効果的な再生を行う」などを含め23のターゲットを定めた行動計画を盛り込んでいます。これを受け日本政府は、2月にパブコメを実施し(~2月28日)、市民からの意見を求めたうえで2022年度内に第6次生物多様性国家戦略を閣議決定する予定です。

これにより政府は、少なくとも建前上は生物多様性条約の新たな世界目標、及び第6次生物多様性国家戦略に基づいて国のすべての政策を検証しなければならない義務を負うことになります。

こうした中、2023年は瀬戸内海環境保全臨時措置法(瀬戸内法)施行から50年のメモリアルな年です。日本で初めてCOD(化学的酸素要求量)という指標を用い海洋汚染の総量規制が導入された法律です。それから半世紀、瀬戸内海の生態系はどうなっているのでしょうか?

私たちは、今年を瀬戸内海の環境保全について生物多様性をキーワードに包括的に振りかえる年にしたいと考え、2022年11月、「瀬戸内法50年プロジェクト」を立ち上げました。既に昨年11月末、その一部として漁協アンケートを行い117漁協から回答を得ました。これを基に、選択した約70漁協に聞き取り調査を行う計画です。

◆瀬戸内法50年プロジェクトの構成

プロジェクトは以下の4つで構成されます。

1.生物多様性から見る海の変遷

生物多様性の低下を食い止める方策を議論するためには、まずその現状や変遷を把握することが不可欠です。しかし瀬戸内海の生物多様性の変遷を議論できる調査データはほとんどありません。

ここでは、以下の項目につき既存資料を解析することで見えるものを整理します。

(1)漁獲統計から見る水産生物の変遷(漁獲量、魚種の変化)
(2)広島県呉市の海岸生物調査による海岸生物種数の変遷
このグラフは、瀬戸内海の生物多様性や生態系が極めて深刻であることを訴えています。1960年~2000年までは故藤岡義隆さん(元環瀬戸内海会議顧問)の調査、2015年以降は同一地点における環瀬戸内海会議の調査をもとに作成しています。 62年にわたる変遷を見ることができるグラフは他に例がありません。政府や研究者もこのような情報を有していません。

中学校教員であった故藤岡義隆さんが1960年に始めた呉市内6地点の海岸生物調査の結果は、生物多様性の変遷を具体的に示すデータとしてますます重要性を高めています。

藤岡さんは、後に環瀬戸内海会議(環瀬戸)の顧問となり、1995年頃以降は、藤岡さんの調査に私たち環瀬戸メンバーも参加するようになっていましたが、体調の悪化で2002年を最後に調査結果は残されていません。藤岡さんは2010年に死去されました。

環瀬戸としてこの調査を引き継ぐべく、2012年から藤岡さんの調査地点から3地点を選び、同じ方法で調査を継続してきました。初めの3年は準備期間、

2015年以降、藤岡さんの調査に匹敵する条件での調査が出来てきたと判断し、このほど、2015から22年までの結果をつなぎ合わせたのが上のグラフです。いわば藤岡さんの40年にわたる調査とそれを引き継いだ環瀬戸の調査の合作です。その結果、3地点では1960年から今日まで、実に62年間の変遷を俯瞰できます。日本国内で唯一と言っていいもので、これを分析します。

(3)カブトガニ

元々瀬戸内海はアジアのカブトガニの東限で、どこにも普通にいましたが、干潟・藻場の消滅とともに、生きる場(産卵、幼生の生育の場)を潰した結果、大幅に減少しました。周防灘を中心とした西瀬戸内海に生息していることが推定されます。

(4)スナメリクジラ

瀬戸内海一帯に生息していましたが、海砂採取による生きる場の破壊や透明度の低下、環境ホルモンの影響など多岐にわたる要因により激減しました。しかし今でも、周防灘を中心に多くの目撃があります。また備讃瀬戸、播磨灘、芸予諸島などで日常的な目撃情報があり、孤立化した生息地が点在していると考えられます。

新舞子干潟の生きものを調査する「播磨灘を守る会」の人たち=2014年4月16日、兵庫県たつの市御津町黒崎(中山敏則撮影)

2.聞き取り調査

瀬戸内沿岸に暮らす市民が日々、経験し感じている認識を環瀬戸のネットワークで幅広く集め、分析、評価するために聞き取り調査を行ないます。対象は漁民、釣り人、市民運動、研究者などです。

3.瀬戸内法に基づく環境行政の批判的検討

環境庁発足が1971年7月であることからわかるように、日本での環境行政は1970年秋の「公害国会」での公害基本法の成立に始まります。以降の環境行政をふり返り、半世紀にわたる瀬戸内海環境保全行政を検証します。

4.未来へ向けた提言

以上を総括し、次の時代へ向けて私たちはどう進むべきなのかについて提言を創ります。

その際、改正瀬戸内法の基本理念に掲げられている「生物多様性の確保」などを適切に行うために必要な施策を追求します。長期的な海岸生物のモニタリング体制もつくります。新たな人の参画も追求します。

◆「50年プロジェクト」に一緒に取り組みませんか!

当面のスケジュールとしては、以下のように考えています。

①2023年2月~5月、各地で聞き取り調査を行う。

②2023年7月に開催する第34回環瀬戸総会(豊島)をプロジェクトの中間まとめを行う節目とする。

③2023年10月2日前後に「瀬戸内法施行50年シンポ」を行う。これに合わせて、『聞き取り調査報告書』を刊行する。

あらためて前ページのグラフを見て下さい。海岸生物種数は1960年代に急激に減少し、そのあとは1990年頃まで一貫して減り続けます。その後、1990年代後半にやや回復しますが、21世紀に入って再び減少し、1980年代初め頃の種数と同レベルになっています。調査が始まった1960年と比べ約3分の1程度の種数にとどまり、いわば低い水準が続いています。

環境行政は、このような事実について自ら調査をしてきていません。深刻な事態が進行していることを黙認したまま無為に時を刻んでいる可能性があります。かく言う私たち市民も海の近くで暮らしていても、海の中で生き物がどういう暮らしを営んでいるのか、無関心な面があります。そういう意味では、海を生業とする漁業者の皆さんが、これからも海と接し、海の恵みを市民に提供することに生きがいを見いだせるような状況を持続させていくことが不可欠です。

瀬戸内法施行50年の今年、こうした問題意識を共有し、近未来に向けてどういうスタンスで生きていけばいいのかを共に考え、未来を見出すための努力をしたいと強く思っています。プロジェクト遂行には相当なエネルギーが必要です。一人でも多くの皆さんの参加・協力が必要です。

以上、瀬戸内法50年プロジェクトの趣旨と計画を説明させて頂きました。皆さんの日々の問題意識とつながることができれば大変ありがたいです。

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本稿は環瀬戸内海会議の会報『瀬戸内トラストニュース』79号(2023年2月)から一部を転載させていただきました。

「50年プロジェクト」は聞き取り調査の旅費や報告書の印刷費などに相当な経費がかかることから、環瀬戸は多くのみなさんにご支援をよびかけています。支援方法については 環瀬戸内海会議のホームページ をご覧ください。


JAWAN通信 No.143 2023年5月10日発行から転載)