トップ ページに 戻る

図で振り返る中池見湿地


中池見湿地はJR北陸本線敦賀駅の北東約2kmにある。40mを超える厚さの泥炭層が10万年もの歴史で形成されてきた。このような泥炭層は世界的にもほとんど例がない。中池見湿地は、開発によって消滅や悪化の危機に瀕してきた。だが「緑と水の会」や「ウエットランド中池見」のねばり強い運動によって守られてきた。

提供:ナチュラリスト敦賀 緑と水の会、NPO法人ウエットランド中池見

現在の中池見湿地


中池見湿地の面積は約25ha。周囲を低山に囲まれた盆地状の小さな湿地だ。袋状埋積谷とよばれる特徴的な地形をしている。

中池見湿地は40mを超える厚さの泥炭層が10万年もの歴史で形成されている。そのため、過去から現在までの自然環境の変化や気候変動を知ることができる。学術上もたいへん重要である。動植物も約3000種が生息している。

中池見は江戸時代元禄期(1688-1704年)の新田開発によって田んぼとして開拓された。それまでは大杉が生える深い沼地だった。そのため、新田開発はたいへん苦労したと地元史料にある。以来約300年、営々と耕作が続けられてきた。1950年代までは全域が田んぼだった。しかし1970年に減反政策が始まると、条件の悪い所から休耕田になっていく。1990年前半は耕作地が約5分の1程度となった。そして開発計画によって、1997年を最後に田んぼの姿は消えてしまう。

1990年代前半の風景。生物相が最も豊かだった頃だ。外周をめぐる農道は約4km。1時間ほどの散策路である。風景ものどかで、市街地に隣接していながらの別天地だった。「隠し田」の表現ぴったりのエリアだった。

1990年前半の中池見の田仕事。中池見での農耕は、平野部・低地や中山間地域とは異なる農耕文化があると評される。深田ゆえの苦労や、流れ込む川のない所での水管理など、独特の知恵と工夫がつまっている。

中池見定例自然観察会。当初は四季折々に年4回実施したが、好評だったため月例開催になった=1992年6月7日

敦賀市は、1990年3月発表の第4次敦賀市総合計画に中池見湿地を工業団地にする構想を盛りこんだ。


工業団地造成構想が頓挫したあと、大阪ガスによる敦賀LNG(液化天然ガス)備蓄基地建設計画が1992年に浮上した。中池見湿地にLNGタンク12基を建設する。そして、トンネル4本を金ケ崎と天筒山に貫通させて敦賀新港とつなぐという大規模な計画だった。この計画は敦賀市長(当時)の誘致によるものだった。敦賀市議会も誘致を決議した。だがこの計画も、「緑と水の会」を中心に、日本湿地ネットワーク(JAWAN)をはじめ国内外の多くの団体との連携によって中止になった。大阪ガスは2005年、用地(買収地)と施設を敦賀市に寄付した。中池見湿地は守られた。

国道8号敦賀バイパスは1976年から工事が始まり、1996年3月から暫定2車線の供用が開始された。中池見湿地の西縁・天筒山の麓をほぼ南北に通るもので、南の区間には樫曲トンネル(246m)が掘られている。このバイパスは湿地にさまざまな悪影響をもたらしている。工事に伴う湿地破壊、地盤沈下、汚水と路面水の垂れ流し、景観破壊などである。写真は樫曲トンネル北口付近の地盤沈下。

敦賀バイパスの地盤沈下防止改良工事(2013年12月~2014年3月)

日本湿地ネットワークとウエットランド中池見が開いたシンポジウム「日本の湿地を守ろう~ラムサール条約登録COP11へ向けて~」であいさつする河瀬和治・敦賀市長(当時)。河瀬市長は、この年の7月にルーマニアで開かれる第11回締約国会議(COP11)で中池見湿地がラムサール条約に登録されるのは確実との見通しを明らかにした=2012年4月21日、敦賀市男女共同参画センター

「緑と水の会」と「ウエットランド中池見」の運動が実をむすび、2012年7月、水源地の山林を含めた約87haがラムサール条約に登録された。未来へ継承されることになった。ところが、登録と同時に北陸新幹線のルートが発表され、新幹線が中池見湿地の一部(うしろ谷)を通ることになった。運動によってルートが変更され、うしろ谷は通過しないようになった。新幹線は湿地を避けたものの、条約登録区域内の一部(深山)をトンネルで貫通する。


中池見湿地を視察するラムサール条約のクリストファー・ブリッグス事務局長(左)。事務局長は視察後、ラムサール条約登録区域を横切る北陸新幹線のルート変更を求めた。事務局長の右は、新幹線が通過した場合の影響などをブリックス事務局長に説明する「ウエットランド中池見」の笹木智恵子理事長=2014年4月9日

北陸新幹線建設で消滅の危機にあった「うしろ谷」。うしろ谷は、湿地本体とは異なる景観と生態系を持っている。この谷が消滅すると中池見湿地の価値は半減し、生態系も破壊される。新幹線のルート変更によって守られた。

北陸新幹線の深山トンネル北側口(向こう側)につながる高架。トンネルは深山を南北に貫通するため、地下水環境への影響が危惧される。「緑と水の会」と「ウエットランド中池見」は観察を続けることにしている。

JAWAN通信 No.144 2023年8月20日発行から転載)