メガソーラーで釧路湿原が大ピンチ
─重要湿地の馬主来沼も─
釧路湿原は、日本で初めてラムサール条約に登録された国内最大の湿原だ。その大湿原がメガソーラーの乱開発でメチャクチャに破壊されつつある。環境省が重要湿地に指定した馬主来(パシクル)沼も危機にさらされている─。これを『週刊現代』10月19日号が大きく報じた。その一部を紹介させていただく。
釧路市内を車で走っていると、雄大な温原のなかに、突如として太陽光パネルの海が現れる。なぜ、釧路なのか。なぜ、外資系業者の参入を止められないのか。住民、土建業者、市長を徹底取材した。
*把握しきれない数
北海道東部に位置する釧路市には2万8000ha(東京ドーム6100個分)もの釧路湿原国立公園があり、1980年には湿地の保全をめざすラムサール条約に日本で初めて登録された。湿原とその周辺部には2000種以上の動植物が生息し、なかにはタンチョウやキタサンショウウオなど絶滅危惧種も含まれる。そんな自然の宝庫がいま、太陽光発電の乱開発にさらされている。
驚くことに、国立公園となっている湿原内でも太陽光発電の開発が行われている。約1.5㎞にわたり続くパネルは、「すずらん釧路町太陽光発電所」と「釧路町トリトウシ原野太陽光発電所」のもので、230万㎡(東京ドーム49個分)の土地に37万枚が並べてあるという。釧路市内でも、そこかしこでこうした光景が見られる。
釧路市の職員が明かす。
「市内にあるメガソーラー(発電容量1MW超)は22か所。小規模なものを含めると、正直、どの程度あるのか把握しきれません。太陽光パネルをつくりたいとの問い合わせは昨年度だけで数百件あり、今年はさらに増えている。そのなかには、外資も数多く含まれています」
湿原がある日突然、太陽光発電所に変わる──。この職員はそう表現して危機感を募らせた。
「国の特別天然記念物のタンチョウの営巣地と、市の天然記念物キタサンショウウオの生息地も太陽光で潰されています。現在、市に照会のあった太陽光の計画地のなかで、約1000万㎡がキタサンショウウオの生息地と重なるのです」
釧路に太陽光発電が急激に増えたのはこの10年のことだ。2014年6月には釧路市と隣の釧路町を合わせてメガソーラーは1件だったが、現在は27件。発電容量10kW以上の施設は116件から771件に急増した。
*アイヌの地を外資が買収
背景には2012年に始まった「固定価格買取制度(FIT)」がある。再生可能エネルギーで発電した電気を、国の定めた価格で電気事業者が買い取る制度だ。
メガソーラーの買い取り期間は20年で、設備認定を受けた年度の価格がずっと適用される。FITが始まった2012年度は1kWh当たり42円と超高額。それを目当てにしたメガソーラー業者が急増し、ドイツやスペインといった外資系企業による土地買収も相次いだ。
「広く平坦な土地」「長い日照時間」「湿原から市街地が近い」という3点が揃う釧路は、開発に絶好の土地。なかでも集中しやすいのは、湿原の南側にある市街化調整区域だという。
地元の不動産業「ハウスドゥ釧路中央店」の佐伯友哉店長が語る。
「この辺りは1970年代に『原野商法』で買われた土地が多く、売却したがっている地主が増えています。かつて1坪2万~3万円で購入した土地が、現在は坪100円程度にしかなりません。しかし、太陽光事業者なら、まとまった広ささえあれば坪500円で買い取るケースもあります」
原野商法とは、山林や原野を「将来必ず値上がりする」などと勧誘して販売する詐欺的商法。いま、親から土地を相続した子供たちが手放したがっているのだ。
市内から西へ40㎞離れた釧路市音別町(おんべつちょう)。林道を約4.5㎞進むと、行き止まりの先にポッカリと開いた空間が現れる。重要な湿地がまとまる「馬主来(パシクル)沼」だ。
現在、この土地を取得したドイツ系企業が330haを切り開き、12万枚のソーラーパネルを設置する計画が進行している。
*市長と土建業者の「関係」
開発によって災害リスクも高まるとして、今年5月には地元住民が2万人の署名と計画中止を求める要望書を釧路市長に提出した。音別町で歯科医院を経営する村上有二氏は、こう怒りを露(あらわ)にする。
「日本海溝・千島海溝沿い地震の想定津波高は20mを超えますが、メガソーラーの計画場所は津波災害警戒区域なのです。もし津波が起きてパネルが湿原に散乱すれば回収はほぼ不可能だし、パネルから火災が起きた場合には消防のアクセス道路がありません。大雨時の増水で湿原の中を走るJR根室線が脱線する危険性もあります。しかし、開発を進める外資系企業はメガソーラーを投機対象としか考えておらず、さまざまなリスクを考慮していない。しかも、そうして発電された電気を使うのは都市部の人たちなのです」
村上氏ら住民たちは、「そもそも国立公園内にメガソーラーをつくると言い出したのは小泉進次郎です」と憤る。進次郎氏が環境大臣だった2020年に、国立公園内で再生可能エネルギー発電所の設置を進める規制緩和を打ち出したことが、開発を加速させたというのだ。
北海道教育大学釧路校教授で市の環境審議会の委員を務める伊原禎雄氏は、釧路市長の姿勢にこう疑問を投げかける。
「太陽光パネルは非建築物の扱いのため条例で建設を規制できないというのが釧路市の説明です。しかし、他の市町村では規制しているところもある。そもそもキタサンショウウオを市の文化財として保護する一方、取り締まる法律がないから生息域に太陽光パネルを置いてもかまわないというのでは矛盾しています。市長には責任を持って欲しい」